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海925

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散歩コースは畦道
阿闍梨餅が届く。
今朝二女の姑さんから届いた阿闍梨餅

さっそく十時のお茶請けに 頂戴した。

頂きながら 大阿闍梨の酒井雄哉師を

友と一緒に飯室不動堂へと訪れた日を

思い出した、多くの人は相談事を抱えての訪問

自ら入れてのお茶を差し出されながら 如何したのと

聞いて下さったが ただ荒行をなされた方に

会いたいだけの私たちの場違いの恥ずかしさ

あの荒行を二度もなされた 方は物柔らかな 自然体

学び多き日だった。




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夢を抱きつ Ⅱ
健康な心身でも夢を実現出来るのは天命と思う、

古希を過ぎた小島章司の舞台 フラメンコを観て

劇場から東京駅まで歩いての 心を静めた。

どんな形にもたとえようのない感情が舞台からでなく

初老の一人の人生から ノツクアウトされたのか

感情が昂ぶり 己の人生を顧みたりと 混濁した状態で

家路にと 車上では平常心の私だった、夢を十代であきらめ

多くの人々の愛情を受けてばかりの人生では終わることなく

お返しの出来る日々を歩んで生きたい。




夢を抱きつ
今日は嬉しいKさんのブログを拝見できた、

若き日の夢を今日もなを持ちつずけている、

己の日々は 幼き日の夢は成就出来ずで

家族の協力もありと言えば聞こえは良いが

娘達の幼稚園の先生のウエデイングのブーケが

ご縁でのアトリエを スタート教室とこれも

協力者があり Nデパートや レストラン等々

アートフラワーを 又 アメリカ軍基地内での

洋裁教室を月二回ずつ 横浜、横須賀、座間、横田と

仕事が増えたが 舅、姑が我が家同居を期に

少しずつ仕事を整理してのヨーロツパはドイツに

ドイツ商工会議所の応援での有限会社設立が出来た。

望むと必ず協力者が現れての人生で 方向が違えば

何らかの形でのストツプがかかり方向修正が出来た、

五十才で会社を閉じたのは二女の婚約者の願いと

姑が気弱くなってきたことで これも正解だった、

姑と母の病気が判明 介護に専念出来た。 幼い頃の私の夢は

オペラ歌手、父の反対で断念出来たのはこの世で一番尊敬してたから

父の死がこの世で一番恐ろしい出来事だった、

何時も願うことはご縁ある方々から頂戴した愛を如何にお返しするかで

日々過ごしているし 出来ると信じている。
水仙の蕾
今年は花は咲かないのかと諦めていた水仙の蕾を発見

雛壇飾りが やっぱり春を呼び込んでくれたと思う。

緋毛氈の上で光に映えた人形たちの五人囃子の音も

聴こえてくる予感のした昼下がりに春を聴いた。
カンタレーラ
Kさんの昨年のブログの中に十月になるとクリタケの文字に

 ノルウエーの夏の山の散策で 収穫した茸 カンタレーラを

思い出した、色はオレンジに近い茶 味は表現が難しい、

ドイツでも夏の時期にマルクト広場の店頭に高値で売られていた

高値でもマツシュルームよりはで

イタリアでも似たような茸が フンギーと珍重されていた、

水分が多くソテーすると半分くらいになる、

湖で獲れた鱒料理の付け合せにぴったり。
お雛様。
今日は爺がロフトからお雛様を出して四時間かけて

飾り付けてくれた、半世紀以上毎年の行事、

家に春を呼び込んでくれた、

皆が健康だから今年も雛祭りが出来ることに 感謝。
優しさ
何が平等に与えられたのだろうと

テレビで放映された同年輩の女性の人生を知り

考えた、幼子を施設に 恵まれなかった生活に

三畳の個室で眠ったまま死にたい・・・

四十二才になる幼子だった息子が母の住居を調べての

対面 母の謝りに 産んでくれて有り難う、

又訪れるからと  投げやり的だった女性を変えた。
ケープコツド プロヴィンスタウン
季節が夏の観光シーズン前だったので

人影も無く淋しい印象のプロヴィンスタウンでの

海の絵を気に入り購入したが どの様な経緯でのが

思い出せない・・・。

ボストンに戻ってからだったか ロブスターの

見事さと味は記憶に強い。

よせ木細工のオルゴール。
いつまでも気持ちだけは若いのか大好きなソレントでの

よせ木細工の店で、娘達の品選びを眺めながら 店主との会話は

互いの国の言葉の勉強法、直ぐにでも再び訪れるつもりで、娘達が

選んだ美しいよせ木細工のオルゴールの曲 帰れソレントへを

聴いていただけで、再訪時に買い物をと・・・、帰国後 長女が入院、

予定をソレントから横浜行に変更、次回は無が善し、何時までも

あると思うな命が遠い日々。
チェリーストーン・クラム
もう三十七、八年も昔の仕事を兼ねた

アメリカへ周遊の旅での印象強くの想いでの味

ボストンでの オードブルの チェリーストーン・クラム

余りの美味しさに 恥ずかしながらの追加オーダー

スープは頂けたが メインの魚、肉料理は無でのデザート

だったように覚えているが今一度食したいと願うのは

食いしん坊ゆえ?。
みずうみ。
 冬の雑木林の美しい雪景色の素晴らしい写真を

Kさん、Gさんのブログで目にすることが出来た、

昔日のノルウエーの湖畔の友人のコテージを

思い出したり もっと昔半世紀以上前に読んだ

テオドール・シュトルムの本 みずうみ が

浮かんできたりする。






ソレントのレストラン・カルーソ
ホテルのコンシェルジュに 美味しいレストランの予約を頼み

ホテルから徒歩で七、八分のレストラン・カルーソへ

オーナーの趣味なのか 壁一面びっしりと 往年のテノール歌手

カルーソの写真が・・・ 私たちのテーブルからの眺めも

カルーソミュウジアム?・・・、各々オーダーした食事も皆満足 美味

デザートをいただいていると ギターを奏でながらの歌手がテーブルに

イタリア民謡等に聞き惚れる 彼のCDをプレゼントされ

思い出尽きない レストラン・カルーソ。


アマルフィ海岸をドライブ。
朝食後迎えの車はローマへ迎えに来た車より小ぶりだったのには

ソレントからポジターノへの道幅にあったようだ、檸檬畑の山際を左に

右には紺碧の海 ポジターノの細い階段の町を散策、此処で孫達は

ホテルのプール用に水泳パンツを購入 アマルフィへ 街のほぼ入り口の

大聖堂 昔日の人々の信仰心を心しての散策後 ラベツロの町での

素晴らしい眺望のレストランに案内されてのランチは美味しく大満足

帰り路特産品の陶器の小物を選んだりの有意義な旅の一日だった。






カプリ島・青の洞窟
孫四人小学生一名、受験無中学生三名の春休みの其々の部活の日程が調節出来た

短期の旅 気温が同じような ヨーロツパだと イタリアに決まった、娘二人と私の

合計七名 ローマ、ソレントで宿泊 カプリ島、アマルフィイ海岸、ボンベイ観光を

安全、快適にと・・・。

ローマのホテルは友のリゼツテがブテツクとビュウテイサロンを経営している

スペイン階段を上がってのIにして空港への迎えとバチカン、コロツセオ トレビの泉

市内観光と日本人ガイドとも予約を入れた。日本を発つ前 成田空港で十ユーロ札から

二十 五十と合計百ユーロずつ孫達に手渡した。ヴェチカンでの絵画 本場イタリアンでの食事

孫達には初めての街ジェラートを買ったりと楽しんでるのが嬉しかった、ローマからソレントへは

ソレントのホテルエクセシオールヴィツトリアに迎えの車、アマルフィイ海岸ドライブも予約を代理店を

入れず直接電話で頼んだ 部屋は全てバルコニー付きで眼前にヴェスヴィオス山が美しく・・・。

庭の専用エレベーターでカプリ島への船着き場へ 娘と私は三度目の正直で今回は青の洞窟を

体感出来る期待でカプリ島への乗船前 バスでの島観光付チケツトを購入した、カプリ島でバスは一路

青の洞窟乗り場へ 二艘のボートに分乗して身を低くして洞窟内へ 船頭の歌がこだま ブルーの世界

チツプを支払 暫く洞窟内に・・・ 孫達のラツキーなこと初めてでの体験 待ち時間も無く・・・。

浴を言えば案内されたランチは美味しくなかった、赤ちゃんの頭位大きな島特産の檸檬 檸檬酒等々

ホテルでの食事は朝食も天井にオリジナルのフレスコ画の映えるレストランでご満悦だった、ローマでの

ガイドさんがソレント特産の?をが思い出せない、が購入して土産にした記憶が・・・。

勿論ソレント近郊産のカツチョカバロは忘れられない逸品だった。



 


蕗のとう~。
見つけましたよ 二つ目の蕗のとう、

何時もの年ならたっぷり笊にいっぱいなのに

寒さの所為だけでわなさそう

今年の我が家の庭は表・裏庭とも可笑しい

水仙は葉だけで蕾の気配なし

でも雉の訪問に温もりを頂戴できた

春の足音・・・。、


インターネツトで消息を知る そのⅡ
田舎生活にもどっぷりの頃教会への送迎をしていた友人達やその他で

五人のシングル女性のグループホームをの案が いつもの散歩道に

昔 医者が住んで居て屋号は医者どんの家がずーと空家 平屋建てで

近所の農家にそれとなく様子を聞いたり 友人の娘さんのケアーマネージャとか

少しずつプランが進みつつの頃 長女の夫の怪我で仕事上長女の介助がとで

十日ばかりの横浜の家での生活に疲れ 姑、母を介護したのも若さでだったと

娘たちの反対もありで断念 友人達もそれぞれにの生活をスタート

ホツともしたが虚しさもでの日々に 幼い頃疎開した新潟K市での思い出に

小学校低学年の疎開児童は私だけで雪の日の下駄箱前で出迎えて下さった

先生に無性に会いたくて 探し出したのがネツト 市の地図から学校を調べ

当時級長さんの名前とお寺の娘さんで現住職の兄上へとつながり

未婚だった先生の今日の再会に 電話でも当時の呼び名でK子ちゃん、再会時も

先生もわたしも遠い昔に戻りでの会話 暖かくなったら また会いに行きたい。
インターネツトで消息を知る その三。
此の地に住んで十年 移転状を送付前にの電話の応答がない、

亡き父の親友の子息の中でも同年の彼とはずーと仲良しだったが

距離が遠くの鹿児島と横浜 学生時代Wの映研に在籍一緒に稲穂祭へ 映画・ジャズに

本も幾冊か出版したり、私もドイツの友人が来日時一緒に訪れた ジャズレストランPを

鹿児島で経営したりとだったが・・・。

ネツトで試に彼の名前を 在りました 彼のホームページが彼を師とする方Mさんにより

残念なことに彼Sさん脳梗塞・・・。

Mさんにメールをして 電話でも容態を教えていただく、

見舞い方を熟慮中。
ドイツ北海に浮かぶ島 バルトルム。
燦々と光輝く白いビーチ 徒歩で島一周も一時間半

バルトルムに車は無い、本土に駐車しての船で一時間余り、

ヴィツトハウス 白い家が島一番に洒落たレストランホテル、

当時は部屋数も少なく大ぶりの個人住宅の佇まいだが

ビーチが目の前の最高なロケーション、友のドリスとのバケーションに

此処ではシングルルームを指定での気ままな日々

たちまちの間に手足裏の神経性湿疹も消失 全身こんがりとチョコレート色

太陽と海 自然の恵みの恩恵に感謝の記憶大の遠き日の思い出。
仕事でバンコク・スキュバーダイブをパタヤで。
三十五年も前 パタヤビーチにホリデーインがオープンした年

仕事でバンコクのホテル、デユスタニに滞在中に 掲示板に目が

ホリデーイン パタヤにオープン 五十パーセント 割引の文字、

仕事を終え パタヤへ スキュバーダイブをと一日目はプールでの講習

講師は体格の大きい米国人二名に生徒はオーストラリア人夫妻と小さな私の三名

二日目から船で島へ講師とペアで腰に錘をでの海中散歩 別世界を堪能

修了証書も授与されての幸多き日々。




婦人デー・カーニバル
曇り日の今日思い出すのは、どんよりと重暗い北国ドイツの

ライン川沿いのD市の陽気な変装をしての行列パレード カーニバル

熱気で春を呼び込む様子、と女性だけに与えられた特別な一日

無礼講にも 殿方のネクタイを持参の鋏でチョキンして頂戴する

他所のオフィースまではだが 沢山の勝利品が・・

殿方にも悪を切り幸運が で二月の暗さを吹き飛ばす、春よ来い。
乗馬と人参。
毎年この時期になるとLスーパーの八百屋の店頭に

十キロビニール袋入りの人参が安く売り出される、

我が家から車で七、八分のライデイング倶楽部に通い

乗馬のレツスンを受けだした、若い時から時間を自由に使えたらと

乗馬の本場在独時も いつの日にはと 時は過ぎての

倶楽部永久会員に 二十鞍位の頃長女の夫が乗馬の先輩の意見として

落馬でもしての骨折を心配してる・・・、又その頃

知人の娘さんがハワイで落馬での死亡のニュースに

老いては子に・・・で 乗馬は止めたが この時期の大袋の人参が

乗馬につながり未だに未練たっぷりだ。


ドライフルーツ。
二女が愛犬と共に日本橋から事故渋滞で

二時間余りでの来訪、爺へのバレンタインのチョコレート、

姑さんからと爺にカステラ、私にとミニトマト・柚子の

ドライ菓子を頂戴した、

テレビで歌舞伎 團十郎の勧進帳を観ながら睡魔がの二女に

寸暇をさいての訪問に嬉しくもあり気がかりでもあった。

帰りは渋滞もなかったようで後五分で家ですの電話に安堵、

恒例の姑さんとの長い電話での今日でした。
ポルトガル リスボン。
ずーと以前女性三人でのポルトガル、スペインの旅は

スペイン コスタブラバの宿を除いて リーデイングホテルを予約

ツインとエキストラベツト、以前にも書いたが イタリア、ベニス以外

必ず二部屋提供された、勿論ウェルカム、ドリンク、フルーツバスケツトは

一部屋だけ、リスボンのOホテルも同様待遇だった、朝十時頃三人でサウナへ

なんと故障で入れない、何の知らせもなく 不親切だと 支配人にクレームを

直ちにお詫びにと シャンパンボトルが届いた、届けたホテルマンが

少々スノツブなところが改善されます云々・・・。

話が弾み彼が翌日の休みを車で案内して下さることに

現地の人の生活を体感出来た。旅の思い出が増幅し 友人が増えた。
美味しかった毛蟹は~。
半世紀以上前 学生時代函館出身の友の誘いでの

北海道道南旅行 バスでの雄大なアスパラ畑の大地

汽車で長万部駅で購入した毛蟹の美味しかったことが

蟹を食べると思い出す、ドイツからの友との旅時には

期待はずれでの購入ならずだった、時代の違い?。
牡蠣のクリーム煮。
爺の大好物牡蠣フライ用の牡蠣が小さい、

買ってきたのは爺 大根おろしで下洗いでの私の出番

メニュー変更で クリーム煮に 美味しくいただいた、私の

好物の一つだ。  一週間前に下漬した白菜の水が上がらない

昨日を除いて 比較的暖かい日が 影響したのか 塩分か・・・。


ポルトガル ファーロ
ずーと昔 ドイツ在住時 二女とポルトガルのファーロへ飛んだ、

たしか飛行機とホテルがセツトの旅だった。

美しいビーチも堪能したが インホーメーション、センターで

ドイツ人夫妻とタクシーでリスボン ロカ岬へ行くことに決めた。

翌朝スタート 道中コルクの木の多いこと ランチに運転手の娘さん学生も

同席だったがメニューは思い出せない、ロカ岬からの海と空

ヨーロツパの最西端の紺碧を忘れる事はない。

特産品の陶磁器の鉢カバーとスタンドを買い求めた記憶が・・・。
花のマデイラ島。
リーデイングズホテルの日本支社からのホテル特別プランの

小冊本が届いたずーと以前 マデイラ島のレイズパレスホテルの

オファー 飛行場とホテル送迎はもとより 一日ハイヤーでの

ランチ付き島内一周観光 マデイラワインの醸造元試飲付き見学と

植物園へ アフタヌーンテイー ワンナイトデイナー等々 

山口在住の長女の姑・小姑に電話 スペイン ポルトガルへの旅へ

予約はツインにエキストラベツト 三人での旅のオリジナル

支社長がVIP客とのFAXを各々のホテルへ 今まで数多くの

ホテル滞在でのエキストラベツドは ベニスだけだった。

美しい花々の植物園の散策は未だに目を閉じると浮かんでくる。
早春の萌し。
今年やっとそれも一つ蕗のとうが姿をみせた、

梅の蕾も小さく硬い 赤い山茶花だけが咲いている

水仙も葉のみで蕾も見えない我が家にも

やっと 春の足音が聞こえたようだ。
新東名高速道路。
二月四日月曜日 恒例の二か月に一度の静岡中部へ 今日は

長女の夫自由業が時間があるのでドライバーにと同乗でのスタート

天気も良好 富士山が見れるだろうと話も弾んでの新東名高速道路が

あいにくの低い雲 御殿場を過ぎると雨 初めての新東名は トンネルが

多いいと感じた、此処二年ぐらいの間 東名か新幹線でも 天気に恵まれ

富士川PA 車窓からの富士山を堪能したが 帰路駿河湾沼津SAでは

大粒の雨が叩きつけるようだったが、神奈川に入ると晴れていた。

新東名は新緑の季節を楽しみに・・・。

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