散歩コースは畦道
午後三時のバスで横浜へ~。
  昨日は今日横浜へ持参する梅ジュース、

今朝収穫するトウモロコシの注文 長女の夫の大好物だ

見ている目の前で四、五本は平らげる、

さしみ蒟蒻も食べたいと言うが 時期的に十月頃迄は無理、

調理してから六時間内に食する鯖の棒寿司は二時に注文

横浜駅の駐車場迄徒歩三分でバスから車へ 私は途中元町で

一、二時間 ウインドーシヨピングするつもり、

今日は長女の姑さんも来るとのこと 彼女はアツパク骨折で

送迎が必要、元気な時でも方向音痴で人の手を拝借が多いが

無口で無く悪意は無いが時折人を傷つける、私はお手本にして

己の行為に気を配る、元気で一人で歩ける当たり前の事も感謝いっぱい。


 
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ダイニング・ルームの明かりが消える。
  ダイニングのテーブルの上 天井の照明器具が不具合に

もう十年も前に ラオツクスで求め以前のと取り換えてだった、

数年前にラオツクスは姿を消し建物も新たにYAMADA電気がオープン、

KS電気とどちらに頼もうかと思案、隣家のご主人は器用でなんでも屋さん、

我が家の芝刈り機も、お世話になっている、こんな暑い日は在宅と思い

電話を入れたら 脚立持参で来て下さった、爺がロフトから以前の器具を

取り出して来て、無事取り換えての取り付けが終了した、

七十才は数年前の働き者の彼も酷暑には勝てずでの在宅で我が家の

助けっとに 隣同士はお互い様と手早く仕事を終了、アルコール類を

口にしない我々はビール缶も冷蔵庫に無く、氷を入れてのコツプでのビール

彼の好きなお酒の話、いつものお酒 梅一輪 を届けよう。



汗が止まらない~。
   今朝は薄明りになった四時四十五分に家をでた、

まだ上弦の月?、と星が明るく・・・、

此れからだんだん夜明けが遅くなる、太陽が山の上に出ない間の散歩、

稲田もだいぶ刈り入れが済んでいた ちょっと感傷的な気分、

昨日の酷暑の熱が足元から這い上がる感が

一時間の散歩後 どっと汗が これではシャワーを待って

汗が落ち着いてからのシャワーにしよう と 書き出した、

もたついていたら 汗は止まったが 湯殿に駆け込もう。



露草の記事中の名前を間違えた~。
  前の記事 露草 での記事の中で

頭の中にはしっかり名前がインプツトされているのに

何を間違えていたのかブログ れんげ をすみれとした、

れんげさん 申し訳御座いませんでした お許し下さい、

再検索して ん? 気が付いた、重ねて ごめんなさい。
露草。
  如何してなのか、解からないが

夏の日に一日だけ咲く 露草が一番のお気に入り

毎早朝の散歩で今年は未だ見つけていない、

散歩コースは農道と畦道 たっぷりと五十分から一時間

太陽が山の上に顔を覗かせる前だからなのか?、

お陰様にも七月末のブログ 林住記 の中と

八月末にもブログ すみれ に露草の写真を見る事が出来た

嬉しさは表現しようも無いほどの喜び、

今月末迄信州での避暑の為お休み中のブログ 年寄りの想い の

写真にこんなに癒される事を知り、又新しいブログに出会い

沢山の喜びを味わう倖せに感謝いっぱい。



アイロン台カバー。
  永ーい間便利と重宝に使ってきたアイロン台

太いパイプで堅牢だがアイロンをかける部分も大きく

重量もある、高さ、高低も自由で半世紀以上も使用、

現在は足の部分もほっそりと軽量なのを娘達は使用

買い替えも考えたが愛着が強く現在も使用している、

一度、イタリアのスーパーでサイズが合うカバーを

見つけて購入したが、やはり最初から付いてたカバーが

良いのだが傷んできたので探しているが時代遅れの代物かも、

粗大ゴミでは可哀そう、たかがカバーされどカバー。



ナツメの木・花・実。
ブログの中の写真に

幼き敗戦の夏の日 疎開先の家の中庭に

ナツメの実が鮮明な記憶の中に在る写真を見た、

口にした味の記憶は皆無だが

涙が出るほど嬉しさが込み上げてきた、

68年ナツメの木、花、実は見る事が無かった、

嬉しい気持ちをコメントに

近頃は何処も言葉訛りも無く 時折老人の話のニュアンスに

暖かいものが流れ込んで来るのは 私にだけかな?。





ブロードウエーイで観たピイピン。
今 こうしてブログに書こうとしていたら

電話が 番号を見ると二女の携帯から・・・

上野からスカイライナーで成田へ 今日から

ママ友四人での一週間の旅?、旅と呼ぶには短期だ ニューヨークへ

行ってきます、の挨拶電話、二女はニューヨークが大好き 私の

ニューヨークでの思い出は 宿泊したホテル・プラザのコンシェルジュに

手配を願いブロードウエイで観劇した ピイピン それと

セントラルパークを馬車で周った事、ホテル建物内だが道路側にの入り口

持参のアートの薔薇を気に入り販売したいとの申し出、

デパート ブルミングデールの婦人服のサイズの豊富さ 嗚呼そうだった

おめかししてのブロードウエイの劇場では 我唯一人の感だった、

ホテルのルームボーイが大男の黒人でチツプを差し出すのが少しだけ怖かった


レストラン フォーシーズンで最初に頂いた メロンと生ハムの美味しさ抜群

デザートの後にホーチュンテラーの紙を包んだ小ぶりの焼き菓子が籠入りで

テーブルを回って来た事 等々想い出は尽きない。





カリホルニアの山火事。
毎日テレビで放映されている

アメリカ カリホルニアの山火事

延焼で大変な事に胸を痛めている、

遠き昔サンフランシスコからのヨセミテへの

観光バスで・・・、

初めて目にするメタセコイアの巨大に、木肌の美しさは

戦勝国アメリカを象徴している感があった記憶は

今 目を閉じても情景がしっかりと浮かぶ、

観光バスの往復では しっかりと車窓の説明があった

如何した訳か 売春宿のオーナーの女性の館が印象深く残った、

スケールの大きい国だけに 消火方法もダイナミツクだろうが

一刻も早くに鎮火を祈る。



稲刈りが始まった、~。
昨日は我が家の裏手北側の稲田の刈り入れ

敷地の外に農家の軽トラが忘れた頃走る位の

農道と用水路の様な小川が流れ 蛍を見た事無しで

湧水の小川でわないが カモの親子が泳いでいたり

そして稲田が広がっている、私のお気に入りは

春 田植え前に一面に水を張った田圃 二階からの眺めは

我が家が水上に浮かんでいる様な趣。

今朝の散歩道でも、数か所の稲田は刈り取られていた、

大きなビニールの袋にもみ殻が入り積み上げられている

稲田も有りで 全ての稲田の刈り入れが終わると

其処此処で田圃の中でのもみ殻焼きが始まる、

此処の地域では全ての作業が機械で瞬く間もなく終わる、

作物直販所の秋の収穫祭は今年も賑やかだろう。



稲盛 紀子さん。
今朝 長女からの誕生日おめでとうの電話で

彼女の子供達 私の孫の東京在住時の幼稚園の

ママ友の稲盛・紀子さんの訃報を話していた、

二女からのおめでとう電話も有りで 長女とは

スカイプで話をつずけた、

稲盛さんを検索して、彼女の働きを知り冥福を祈るとともに

人間の持つ素晴らしい働きに 感動した、

表現が難しいプレゼントにも思える。



今日喜寿の誕生日を迎えた~。
過24日名古屋駅中のホテル マリオツトアソシアの

52階ジーニスで朝食を京都からの友、葉子さんと

頂いた時に、彼女からお誕生日プレゼントとして

さだ・まさしの 風に立つライオン 表題の本を頂いた、


今朝4時に起床 小雨なので 早起きの佐知子さんに

メールしてからの空模様と相談後 散歩スタート、

門柱の上に小さな鉢ミニ薔薇がビニールの袋の中に置かれてあった

新聞販売店の誕生日プレゼントだ、嬉しく眺めての門外へ

少し歩き坂の所で Mさんが家から出て来るのを確認

今日の散歩は二人で歩く 彼女は小柄なのでどうしても

駆け足状態 彼女に合わせるとゆっくりすぎる、


喜寿祝いを横浜のレストラン スカンデイアでと考えているが

二女は明日からママ友と3日迄ニューヨーク 孫達の部活の

予定も有りで 未だに日取りが決められていない、爺の

脊柱管狭窄症の手術後の10月に延期して、二女の銀婚年の

誕生日祝いと合わせてとも考えている、

祝える倖せを感謝したい。



使命を未消化のままに~。
全て生きとし生きる者は

使命を持って産まれて来たと思う私は

未だに使命が何なのかも解からず年齢を重ね

遣り残した事があると模索しての年月を重ねている事が

心を重くしている、仕事で未だ東西にベルリンの壁にの

西独逸に居住して日本とヨーロツパを往復してた歳月や

会社を閉じ、姑、母の介護の年月 ただ日々それのみで

過ごしていたが、此処十数年与えられた課題を探しての

年月だった様に思うし少々の焦りも感じる今日この頃

不消化気味の感は拭えない。

スポーツセンターで汗を流し大好きなサウナでも汗を流す事が

出来得る家族皆健康の日々に感謝しつつも虚しさが纏わりつく。

マザーテレサの様に偉業は成し遂げられなくとも 私に

与えられた使命を成し遂げながらの天国への仲間入りを切望。



亡き友へ鳩居堂の線香を贈る。
過日亡くなった友の49日を前に

鳩居堂からお線香を彼女と暮らしていた

パートナーに贈った、

彼からの返礼の電話があった

今 遺骨の前に供えました、甘い物をと言った

一瞬 戸惑った 私は品物の贈り先を間違えたと・・・、

彼が間違えていたのだ、開封せずにの思い込みの電話

そうだ 亡き友にもだが残された彼にも心を配り

甘いものでも贈ってあげようと思った、

明日は彼女の49日 納骨を済ませると寂しさも増すだろう、


姑を介護していた時、自宅で看取ると警察の検視が入るから

肺癌を患っていた姑は

入院を勧められたが 姑の希望もあり最後の最後迄の自宅介護だったが

苦しそうな息使いに医師のアドバイス救急車で連れて来なさいでの入院

三日の命です、縁者に連絡をと言われ チューブを沢山入れられての

十七日間延命の命、

友は家で朝亡くなっていたので 警察での検視で心筋梗塞との診断

三日後の葬儀迄 暑い時なのでそのまま警察に安置された・・・、私も

自立した生活を死の直前迄自宅で希望するが 希望が叶うことを願う。







亡き友の49日の前に鳩居堂の線香を贈る。

名古屋の若さ溢れる活気に接して~。
新幹線を降りて改札口を後に

駅中のホテル マリオツトアソシアにチェツクイン

友人が訪れる前の一時間 洗面したり 着替えたり

時間にホテルロビーへ 友を誘い我が部屋へ

備え付けの珈琲での諸々の話題での話は尽きない

つい二、三日前の朝日新聞夕刊に

俳優の村井邦夫が紹介していた 養老軒の彩遊季・夏どら

タワーズプラザ13階へ行ってみた、

食堂街は溢れる人と長蛇の列

今朝も四時半からの日課の散歩、シャワーの後の朝食

七時のバスで横浜へみなとみらい線で元街・中華街へ

美容室の予約時間まで スターバツクスで珈琲タイム

カツトもすんで長女と近澤レースで落ち合い

友人達へのプレゼントを調達 長女の車で新横浜駅へ

昼食のお弁当とお茶をいつも調達する高島屋コーナーと

新幹線改札口内の店で求め 定刻に車内の席へ

日常の昼食より頑張って お弁当を頂いた、私年齢は

食事を残したり捨てたりが出来ず無理してもお腹に収めるか

少量を選んで求めるが 前回長女との静岡近郊への時

長女が昼食に選んだお弁当が美味しかったと再度聞いたので

野菜も多いので買ってみたが・・・

細々とデパ地下で求めてホテルへ戻り 自室で夕食を・・・。

今日は通常の三倍はお腹に収めた感が、胃痛にならないことを、


未だ駅構内範囲の名古屋の感想だが若さ爆発の感があった、

昨日の朝食はホテル最上階52階素敵な眺めをのジーニズで

名古屋城を眼下に京都から到着した友と楽しく頂いた、

44階の我が部屋からの眺めも良かったが 部屋の感じが

長逗留するイタリア・アバノテルメのホテルに似ていて

心和んだ、一点違いはアバノテルメは温泉水プールが付いているので

シャワーのみだが以前アントネーラと泊まった帝国ホテルもだったが

洗面台を挟んでシャワー室、バスタブが在る事、

千秋楽の舞台も満足 楽屋で友の持参したカメラでの記念写真

彼が十六年前から演じてる役も新鮮な若さでの舞台に感心した・・・、

今日長女からの電話でその旨話したら ママは初演のコマ劇場以来だから・・・

と 言っていた、沢山のエネルギーを 舞台、友との語らい、名古屋から

頂いた一泊二日の旅は 満足、満足、感謝、感謝。



暗いけど早朝散歩に行く前に今日の一言。
いよいよ二十三日早朝散歩の前に

今家をスタートすると暗闇の中を

三十分も歩かないとで 遅らせてのスタート

今日は名古屋で佐知子さんとデート

長女の話では道路の広い近代的な都会とか

いつも通り過ぎていた名古屋

ホテル マリオツトアソシア も楽しみだ・・・

サア 散歩に出かけよう。



ジバングで割引き切符を駅に買いに行く。
二十四日名古屋で京都の友と舞台を観るので

明日の早朝バスで横浜へ 美容院でカツトして

新横浜から名古屋へ 名古屋近在の友と会い

ホテルで一泊して 朝食を京都の友と共にの約束

十一時開演の千秋楽の身内の舞台を・・・。

楽屋に贈った胡蝶蘭のお礼の電話で 今回は遠方で

観ては頂けないでしょうの彼の言葉に

観させていただきますと答えていた私、

京都の友の素敵な季節の便りのお礼のメールに

広島の友の見舞いの事や 身内の彼の舞台の事など・・・

ここ何年も会っていなかった事もありで

ベルギーからの友アントネーラが来日時

京都で四泊したのに会う事も無くでのご無沙汰

存分に楽しみたいと 嬉しい日々を期待している。

ジバング割引切符はのぞみは適用外でひかりだが

久しぶりの駅前イオンの駐車場も 驚くほどの車

駅での用事を済ませて 新鮮な魚屋が在るスーパーに

時間が早すぎて入荷前だった、久しぶりの曇りだが

相変わらず暑い日だ。



早朝散歩の帰り道オクラを摘んで下さった~。
今朝は四時半からの散歩をスタート

新聞配達人にも会う事もなく稲田を

一人満喫していた、第二コースの中頃で

トマト作りの名人 勉さんと会った、

互いにお早いですねと挨拶して行きちがった、

終わりちかくの道にMさんの姿が 小さな畑に消えた、

Iさんお早いですねと声がして両手にオクラをどうぞと

下さった、私も歩きますと一緒に歩きだした、

彼女からの話で近隣農家の昔を知ることが多い

日の出が遅くなる時期は彼女と二人での散歩もした、

坂の上から歩いて来る私の姿が彼女の家から見えるのだろう

何時も一人での散歩も良いが 歩く仲間とも楽しい。



岐阜県海津のメロンが届く~。
この時期岐阜県海津市の友人から

海津産メロンが贈られて・・・。

年により箱の上紙に海津市の写真がで

生産者の意気込みを一緒に味わう事が出来る

我が市近隣も夏の果物・スイカ、メロン、梨等々

生産されている、一キロもある幸水を

隣町のJAから待って居られるだろう 方々に

発送を頼む時期になった・・・。



ヘアースタイルへの拘り~。
可笑しなもので百人百様の拘りが

有ると思うが 私はヘアースタイルだ

学生時代は当時のカリスマ美容師の一人

石渡・キヨシさんだった、

彼は多忙で日本はもとより外国でも

手の魔術師として新聞にも掲載された

彼が留守の時、一番弟子の篠原さんより

二番弟子の沖田さんを好んで指名した

後年 沖ちゃんが独立した店は、たしか

南浦和だったが 娘二人も同行して

横浜から行っていた、昼食を蕎麦屋で食べたら

娘達が美味しいとの言葉に 幼い子供達の味覚に

驚いた思い出がある、二十七才で頼まれ仲人の時も

沖ちゃんが化粧までしてくれたし後年私が多忙にでは

我が家に出向いて下さった、ヨーロツパでの仕事で滞在時

ロンドンのビダルサスーンのフェイさんが好ましく

お願いしていた、二十五年ぐらい前に会社を閉じてから

元町のK美容室だったがオーナー美容師のNさんが店舗拡張で

ほとんど予約が取れなくなりでショートカツトが上手な

A美容室に現在もお願いして通っている。

たかがカツトだが 気に入って居ると気分が良い

これ等も人々との出会いからでラツキーな出会いに感謝、感謝。



我ながら我可笑しさに笑う~。
可笑しなものでブログに我々の事を

書く時 夫の事を爺と書くし我々は

爺、婆と書く、が 爺は誕生日十一月三日で

八十一才 正真正銘の爺 私は一週間後で

七十七才の喜寿である、しかし気分は

娘達と姉妹気分、これがやっかいもので

気持ちに体がついて行けない時がある、

二年程前から 車で来ないで と言われ

高速バスのお世話での 東京、横浜行となった、

しかし 心配してた視力検査もパス、運転免許更新出来た

嬉しさでなのか 爺は普通車、私は此処十年ダイハツの

ミラジーノを運転、走行距離二万数千キロ、

これを小ぶりな普通車に変えて 以前のように高速道も

走り 行きたい処へなどと 考えたりし出した、

もうそろそろ年相応の日々をとも思うが

年を重ねた想い出は沢山有るが 婆だとの意識は皆無。



櫻の木の枯葉は今が時期?。
今夏の庭木は少し変な気がする、爺が

夕方 一時間もの散水のかいなく

ミツバ躑躅も枯れてしまった、

櫻の木の落ち葉が凄い量だ、

花はあまり多くはなかった、

檸檬の木には一個の実も無い、

梅も収穫無しだった、

自然はすでに異常気象を知っていたかのようだ。



散歩第二コースの稲田は稲刈りが始まった。
昨夜八時頃クーラを使用してない部屋より

戸外のほうが涼しいとの爺の言葉に

庭に出て空を見上げたら 庭園灯、ソーラライトに

負けじと 光輝いていた、外気も心地良かった、

今朝の目覚めは早く 昨夜の友からのメールに

返信してからの散歩になった、

第一コースは暗かったが 次第に明るくなり始め

第二コースの特老ホームの隣の稲田は刈り取られていた

次に目にした稲田の刈込は長方形の稲田の中心だけ

刈り入れされず残してあった、如何してなのか・・・、

昨日の暑い日中の刈り入れだったのだろう

稲の種類により 実りの時期の稲田の色が異なる、

田植えの時期から刈り入れの時期迄の散歩コースは

素晴らしく 心癒される 有難い、感謝、感謝。
新潟から届いた枝豆の美味~。
美味しい枝豆が新潟から届く

クール宅急便で届いた、

ゆがいて 冷ましてから冷蔵庫へ

味が濃い 風土が育んだ味を

賞味出来る倖せに感謝 感謝。
亡き友を想う~。
未だ一か月にならない七月の日に

友のパートナーからの友の訃報が・・・、

訳あって入籍する事もなく過ごした月日も

五十年には未たないが四十七、八年の歳月

ポジテブ思考での彼女は輝いていた、

我が家での滞在も回を重ねる毎に数泊から一週間となった、

近隣の海辺へのドライブ中話しかけた私への返事がないので

助手席の彼女を見ると 夢の中、

波乱万丈の人生を一冊の自叙伝にしたらと薦めた事もあった、

仏教では四十九日迄あの世とこの世を行き来しているとか 私は

彼女はもうすでに天国だと信じている。



星が輝いて~。
今朝の散歩は四時スタート

暗い 久しぶりに見上げて星を見た、

時計まわりと反対方向に散歩してるんだと

気ずいた、農道の両側稲田は少しだけで

左に稲田、右は山と呼べない程低い山の繰り返し道が

農道と交差して県道?が脇に土、日曜の野菜販売所

そのまま農道を直進すると左の山裾の小高い所には

特老ホームが在る 両側稲田を少し歩くと又右側は山

円を回るように山裾の小高い所に点在する農家、我が家も

稲田に突き出た半島のような地形に在るので帰り道霞が無いと

良く見える、一か所急な坂が気ずくと両手が腰に・・・、

家まではあと五、六分の所だ 一時間の朝の散歩。



今夏は庭木も異常だ~。
今夏の庭木の異常は

ブルーベリーの収穫も少なく

李は実が一つも無く

伽羅の木の一部が茶色に

百日紅の花は小枝の先の一か所に

申し訳なさすうに咲いている、

二、三年前大きな楠、欅を丸坊主に

根元の新芽の勢いが今年は凄い

十一月に手入れに来る植木屋さんに

様子を見に来ていただくかなと思案中。



由比ヶ浜の店 メイン~。
もう半世紀ちかくにもなる昔日

若さゆえか諸々にいきずまると

夜更けの横浜の自宅から

朝比奈峠を超えて由比ヶ浜にオープンした店

メインと記憶しているが、夜更けのコーヒーを

飲むため 車を走らせた、

暗い海が ごちゃごちゃになってた頭と胸の中を

綺麗にしてくれた、

日本国内はもとより世界の多くの海と海辺の

想い出が 私の財産だと思える、

我が儘でも我が家の墓でなく 海に散骨を願う。


 
二度と戦争をしてはならない。
今朝もまだ敗戦の日の想い出が

昨日二女の姑さんからの電話での話は

敗戦の事、彼女は学年では三年先輩で

年齢は二歳半私より年上、空襲で長兄、姉を亡くした、

遺骨も無く母親の落胆んは戦後も尾を引いたようだ、

焼け出されてからの東北への親戚を頼っての疎開も

焼け出された人々で溢れてやむなく海辺の村の空家に

住んだ・・・

当時どうやって汽車の切符を手に入れたか定かでないが

窓から押し込まれての満員の汽車で・・・、


以前テレビで東京の浅草山谷に在る施設に入居出来た

年配の男性が紹介されたが 彼は戦争孤児で教育も

満足に受けられず 仕事も日雇いでの生涯 病で働けず

死をまじかに 野宿から施設のベツドへ 


戦争のない世界を築いて行こう。




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