散歩コースは畦道
曲がった腰も直に・・・。
 今朝は起床が一時間以上も遅い五時半だった、

二女に七時のバスで出向き 新鮮野菜を届けて三越で買い物を

と メールしてあるので、散歩は時間的に無理だ、東京駅から

日本橋の二女の住居まで歩くつもりでリュツクに野菜を入れた、が

東京駅八重洲口の日本橋地下鉄駅から銀座線を一駅乗車した、

買い物に手間取り 地下鉄一駅で神田へ 中央線で病院の信濃町へ

長女と夫も見舞いに来ていた、爺はリハビリ中だった、戻って来たので

新聞・他を渡して 時間を気にしながらの対話、

早々に 又電車・バスでの帰宅となった、雨はまだ降らないが明日雨だと

面会に来ない旨伝えて来たが 天気予報は雨のようだ・・・、

一日一日と爺の姿勢が良くなっている、とても気にしていたのでヤレヤレだ、

歩く距離も長くを歩けるのだろう、老化現象ですよと医師は言われたが、

ともかく爺が明るい 何よりの事だ、明日は雨かな?、お休みを頂けるかな。



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今日は休診日、
 何時もの時間に病室へ 今日は休診日で静かだ、

何年も前の病院の十一階は レストランがあったが

今日日は無くなった 爺が仕入れた情報によると

特別室への調理室との事だ、かっては裕次郎も在院した、

この病院の素晴らしさは勿論優秀な医師と若い医師達と

看護師達の連携プレーのようだ、 爺との話題は一日を費やしての面会、

初めは我が家から徒歩で十七、八分の場所に在る アメリカ在住の脳外科医

F医師の名前を冠した病院が開院したが 何故か今はS記念病院になった、

F医師もテレビにも姿が映らなくなった、S記念病院で脊柱管狭窄症と診断されて

薬も頂いていたが 手術の話になり 現在のK病院にお願いする事となったが

一番の決め手は 爺がN医師に手術をお願いしたいとの希望が優先された、私は

出来得れば近くをと思ったが 病人の気持ちを優先させた事が幸いして 爺が

満足しての入院生活が出来てる事、 雨の日は来ないよと今日伝えた、

検査入院、入院前の診察、手術前の説明、入院と毎日高速バスでの病院へは

少々頑張ってはいるが 一番の癒し、魅せられ、魅かれる写真の力は絶大だ、

恵まれたご縁に感謝し、何時も与えられるものの大きさに 恵みに感謝を祈る。



稲田に稲穂が~。
  昨日同じタイトルだったが 書こうと思っていた稲田が

横道にそれての・・・だった、

早朝散歩で今日は刈り入れが と思う稲田が二か所ある、

所有者が病気なのか 畦道も刈り取られない草で見た目も良くない、

山すそと農道の間にある一反ぐらいが 二か所である、

所有者の性格が醸し出してる 稲田と畦道、手入れがしてあると

此方の気持ちも軽やかに弾む、今日は白鷺が一羽飛び立った、

今日一日が輝きだした、 十一時四十分のバスでの東京行を

笑顔を残しての 飛び立ちに思えた早朝の一瞬だった、 有難い気持ち。



稲田に稲穂が~、
 今朝の散歩は五時半スタート、直販所オープンは未だ早い、

Hさんの軽トラが 帰りのようだ 急いで財布を取りに家路につく、

獲りたてのオクラがなんとも美味しい、栗おこわも美味しい、

キュウリ、茄子、いんげん、トマトを買い求める、二女は用事で

病院には来れないとのことで、明日の朝も栗おこわは在るというので

予約をして、明日二女と姑さんとに渡そうと考えたら 長女も病院に

来るとのことで 荷物が多くなるなと思うが 新鮮なオクラを味あわせたい、

十一時四十分のバスで病院へ 一時間程で三時二十分のバスで帰途に、

二女から

早めに所用が終わり 一政さんと病院へ 其処でお母様と偶然会い、

今病院を出たところとの電話があった、私も家に帰りついた時だった、

爺は顔色も良く 夜のトイレは介護士が付いているとの事、

食事も美味しいが ご飯は家の方が美味しいと言う、持参した栗おこわ

夕食時にでも頂くのかな 往復の時間が長いが毎日アクアラインの変化した

風景が楽しい、是も難病で無くの入院だからと感謝している私が居た。



病む友の痛みを和らぐ一助になれば~、
  広島の友が口内炎もの痛みに 二女が贈ってくれたプロポリスを

ブラジル産なので 何処から買い求めたのか 二女が友に送ると言うので

頼んだら友からの有り難う電話があった、爺の退院後様子をみて

十月末に二泊グランビア広島を予約して 訪問する旨 再度話した、

彼女は遠慮して 悪いからと言うので 病み上がりに会いたくないのかと問うた、

遠路だからとの遠慮だった、 少しでも気持ちを元気ずけられたらの思いで、

話が少々鬱的に聴こえて元気つけたい気持ちが絶えず心にある、

波乱万丈の人生を今はただ一人でのマンション生活、弟さん夫妻が車で四十分に在住

何かと面倒を見てくれているようだ、大事な友人の一人の彼女、痛みが和らぐようにと

床に就く前に祈る日々を過ごしている、出向けるまでの間 電話とメールで力ずけよう。



歯科医で~、
 四時半の予約を朝九時半に変更、娘婿はゴルフのコンペ

孫達も其々学校へ 朝食時の僅かなひと時の話題は花盛り、

身支度して本牧の歯科医院へ 一カ月後にブリツジかインプラントかの

選択をとの事で プラスチツクの仮歯が、十数年前のインプラントを

保護する為 就寝時マウスピースを使用しているだけでも年齢を感じるので

又インプラントになる様だが、自分が快適が一番と二女にも言われて

大きな出費も仕方ないかなとも思うが・・・、

本牧からバスで横浜駅へ 終点のバスターミナルで降りてエレベーターで

四階の婦人服売り場へ 気になっていた ラルフ・ローレンをのぞく、

マネキンが異なる衣装を纏っていた、先日のセーターが九万円弱

ミラノだったら半値以下だ 気にはなるがたかがセーター一枚に、

横浜駅から東海道線で東京へ中央線で信濃町へ 病院へ一時に着いた、

二女も来たのでランチはと家で食べたとの事 三時二十分のバスに間に合うように

二女の車で東京駅へ 病院の地下で求めたおにぎりとお茶を車の中で、

爺はトイレもカートで看護師付き添いで歩いていたし 朝食も昼食も

美味しく頂いたようだ、娘差し入れのお菓子も楽しんでるようだった、

昨夜手術室から戻ったばかりは 私にも敬語で有り難うございますの連発も

娘の声には はっきりと確認した返事での麻酔からの目覚めを確認しての帰路だった

パソコンを開き昨日見る事の出来なかった写真に見入り倖せいっぱいに感謝、感謝。



爺の手術。
 昨日 爺の脊柱管狭窄症の手術が・・・、

医師から手術は午後二時を予定してる旨告げられた、

今は亡き二女の舅も十年程前に手術をうけていたので

その時手術が前後して 姑が病院に着く前に手術が始まっていた、

出来れば早くから病院へとの忠告を頂き 朝七時五分のバスで東京駅へ

九時には信濃町の病院へ 十二時には二人の娘も到着、予定どうりのようで

駅ビルの千疋屋でランチを頂き 十階の談話サロンで待っていたが

四時に出迎えの看護師と爺は四階の手術室に向かった、

七時前に爺が病室に戻り 医師からの説明を受けた、無事終了、

爺は朦朧としていたが 麻酔も切れた様子で 病室を後にした、

二女の姑さんも来て下さった、爺も若い看護師に囲まれた故か

心持若やいだ感がと娘達と話た、長女の車で日本橋へ 馴染みの蕎麦屋で

軽く食事して 横浜の家へ 娘婿・孫達に挨拶もそこそこに シャワーを浴びて

ベツドに横たわった、いつの間にかの夢の中。



今日の東京行は十一時四十分のバスで~、
 昨日は爺の入院手つずきが十時迄なので、

七時五分のバスでの東京駅行だった、雨上がりで少し蒸した、

病室に入室出来たのが 十一時近かった、十五時二十分のバスを

利用しなければならない、何故駅からにしなかったかと悔やまれた、

利用するバス停には駐車場が併設されているが 駅は少々歩くのと

何時も満杯 有料である、家からは十五分と時間的には同じだが

新設されたばかりと直ぐ圏央道に入る、今日は医師の説明が三時なので

一バス遅い 十一時四十分で二時には病院に着く、

昨日、ホテルをキャンセルした、バスでの往復が心ざわつかない、

娘婿が心配してるようだが 我が家に戻りブログの写真に癒されたい、

昨夜はスイスのマレリーンからのスカイプコール、久々の話での話題は尽きない、

ブログも二女の助けでのスタート、横浜、東京の家からコメントは投稿出来るが

己の記事を如何にが解からないので 勉強したいと切望するが・・・、

スマートホオンの便利さにも使いこなせるか自信がない、


今日の帰りのバスは一バス遅い十七時二十分東京駅発になるだろうな。



不思議に思う事、
 小雨も上がり五時半からの 散歩

きれいに畔も草が刈り取られて 曼珠沙華が 華やかだ、

稲田の持ち主が 細目に 草刈りするかしないかいろいろ、

雨上がりの、

農道に落ちている稲田の土を踏んで滑ると危険なので、

避けて気を付けての散歩、

テレビはあまり見るほうではないが、不思議に思う事は

画面背景の写真に いいな と感じた事は皆無だ、

ブログの写真に 涙するほど感激したり 誘われて心は現地に飛んでいたり、

プロとアマの区別は如何に・・・、大きな疑問である。



明日からブログに記事が書けるかな?。
  いよいよ明日から爺の入院、手術だ、

明後日からのホテルの予約もしたが、出来得ればバスでの往復が

気持ちが落ち着く様に思える、手術日の時間が明後日に医師から

話されるが 明後日の泊のキャンセルは無理だ、ブログの更新も

癒され 和む 写真の数々も目にする事は叶わないだろうな、

明日の朝 気持ちが迷うようなら ホテルにキャンセルの電話をしよう、

病院の面会が三時からなのに 時間を弄ぶ事になりかねない、爺は

毎日でなくともとは言うが 永い人生での無きに等しい事だもの、

毎日顔を見せる事ぐらいは安易な事だ、気分は若いもの。



信州・長野県観光協会から~。
 ララの風景写真 雷滝の荘厳な姿に誘われて

電話をした観光協会 クロネコメール便で今日届いた、

東京有楽町にも観光情報センターが明記されている、

お願いした高山村だけでなく 小布施等々の資料も、

交通手段も公共交通と車での案内をお願いしたが

これから楽しみながら 調べての作業が・・・、私が娘婿との

会話を耳にしていたのか 爺が早々に日産からパンフレツトを調達、私は

ミラジーノの様な可愛い普通車をイメージしてるのに・・・、爺はこの際

爺の車を買い替える事を思案してるのか 行動が早い、

娘婿の意見は一人運転はきついですよ だった、私も途中で置いて来るかも、

免許更新出来た嬉しさに 若やいだ会話の後遺症

アウトバーンを吸い付くように走った若き日の遠き日々を

気力だけではと思案している私。



今朝の散歩スタートは日の光を受けて、
 昨朝は起きれなくての何時もよりスタートが遅い散歩、

散歩と言うよりウオーキング、野菜直販所への搬入が始まっていた、

立ち寄り 栗おこわ、秋茄子、オクラ等々をお取り置きで

第二コースを歩き出したら Iさん Iさんと声が掛りしばしの立ち話、

明日から爺の手術入院で バスでの往復よりホテルのほうが二女が

部屋も空いてるからの申し出も 気儘に出来るホテルを予約

可笑しなもので 横浜の家は四十年住んだ所為か 何の抵抗も無く

寝泊りしている、我が持家ゆえか・・・、

今朝は何時ものように暗い四時半に起床、パソコンを開いてのコメントを

お彼岸だもの 大好きな曼珠沙華を書こうと思ったが インパクトのある

写真を 越後悠々散歩 に・・・、

花の凛とした声も届く気配に居ずまいを正して観入った、

心なしか大好きな露草が心もとなく映った散歩道、

二週間ほど前は薄暗いまだ夜明け前の散歩道を何処にも目にすることなくの露草

正直に朝の光の中に姿を開く自然の力に 新な威敬の念をの一日の始まり、

今日も良い一日と願う。



運動会、凛々しく袴姿でエールを~。
 東京に二人、横浜に二人の孫達の唯一女子で年少中三の

孫の運動会、母親の卒業した女子校を嫌い公立校で学ぶ、

昨日招待されての敬老席、孫は立候補しての応援団長、

昨年迄は 赤、青、白と三組だったが 生徒減少で 赤と青、

順調にプログラムが進み 昼食とお茶を頂く、これは毎年の事で

崎陽軒のシューマイと彩弁当、午後の最初は応援合戦、男女一名ずつの

計四名が凛々しく袴姿での 応援の応酬、男子の旗手も見事に旗を・・・、

何時も恒例の三年女子のハツピ姿でのソーラン節、先生への感謝の言葉、

残念だが此処まででの本牧の歯科医へ洗浄に アンケートを長女に託して

横浜駅へとバスの人となったが 時間が少しある そごうデパートの

人々の多さに トラベルコーナーで時間を 昨夜の空はお月様を隠していた、

携帯にメールがあり 孫の紅組が優勝した事、男子応援団長はうれし泣きを

中学時代の良き想い出が孫にプレゼントされた事 感謝いっぱいの車上だった。



観光協会からの案内書を待つ楽しさ、
 観光協会の応対の違いに少々戸惑う、

路線での検索より 是も楽しめるが パンフレツトを手にの

味わいは 格別だ、ブログの写真に誘われての旅は数える程少ない、

市場調査、リサーチの名目での旅とは呼べない様な旅が多かった、

娘達とはこれぞ財産となると確信して 沢山の旅の想い出作りをした、

身に纏う宝石を 心に纏える 慣性を育む事に留意した旅だった、

孫の大学生になった祝いに旅の提案を断られたが 来春大学に進む孫は

喜んでの旅を期待している、私と二人旅だ、

イタリア アバノテルメの観光協会には ずいぶんとお世話になった、

資料の送付やら 週二回だが半年間授業料が十五ユーロで受ける事等々

便利な世の中になった、資料が届くまでもが ワクワクしている。



満月の十五夜。
 昨夜の満月、十五夜と重なった 冴えわたる明かりに

同じような名月を見る事が出来るのは、八年後とかで

西の空から煌々と差し込む明かりに誘われて庭に出た夜明け前の四時半

凛とした姿で西方の空で輝いていた、古今東西満月に纏わる話を思い浮かべた

幼き日に、お供えをしての十五夜をも思い出し、季節の行事支度をの

亡き母を想い偲ぶ私も満月の所為かな、

今日は歯科医の予約を入れているので 遅いバスで横浜へ、家で一泊して

明日の桜子の 彼女が応援団長をする運動会に参加だ、毎年爺も参加してたが

手術を前にで 家に居ると言う、気忙しいのだろう、

東の空も明るくなり始めた、誘われるように今日も散歩のスタート。



好評な梅ジュース、
 我が家の地域の土、日曜日の地域産物販売所での

販売される 時期特別品の梅ジュース、

今年は其処此処からの要望で 其処此処へと配った、

前回の横浜行には 五百ミリリツトル五本で計二・五リツトルと

朝採りトウモロコシを六、七本バスから長女の車迄 簡易リュツクで

はこんだんだった、重さにママ凄いねと褒められたのか、だった記憶が・・・、

明日歯科医へでの横浜行に今朝の電話での梅ジュースを家族全員で飲んでいるので

と、欲しいとのこと、先日日本橋の二女も友人に頼まれたとかで 農家の主婦の

生産者に問い合わせたら今年はお終いとのことだったが 他にも一軒販売所に

出していた事を思い出して問い合わせたらやはり完売とのこと、

この方は以前の地域の長の妻で何かとご夫妻で世話を惜しまずで 手助けしてくださった、

ご子息のお嫁さんを頼まれたりで 紹介したが 上手くいかなかったこともあった、

乗馬倶楽部の可憐な女性だったが 最初の顔合わせ時は良好だったが 二人でのデートで

躓いたようだった、我が家も梅の木が数本あるが今年は不作だったし 梅ジャムを作る時の

家中への香りがなんとも好ましいので 来年も販売所のお世話になろう。



自然の中で、
 今朝の八時 気温十九度 湿度八十パーセント、

今朝の散歩は帰り道で流れる六時の音楽を聴いたので

逆算すると五時半前に家を出たことになる、勿論長袖Tシャツだが

手の甲と指は冷たく感じた、めっきり秋だと実感した、

稲田に白鷺が一羽目にしたが 我が家に日参してくれていた 雉は

いつの間にか 姿も声も無く 何処へと気がかりだ、

テレビから今日が中秋の名月と・・・、昨日高速バスの私の指定席から

アクアラインから圏央道に入る辺りで見た月は東方の空に

夕焼けの空は西に、で 私の思い出したのは 昔日のバスの旅

ノルウエーから陸つずきを一カ月かけて、ギリシャからは船でイタリアへ

何とも不思議な事はブルガリアからトルコに向かう車窓から見た太陽と月が

並んでいた事、当たり前の事なのに私の頭の中には太陽が西に沈むと

東の空に月が昇るイメージが出来ている、グループの人々総べてノルウエー人

それも若くない人々 一番の高齢者はたしか八十二才の画家の女性だった、私と

運転手、ツアーガイドが若かった、の 思い出にフロントガラスからのお月様を

眺めての帰途だった、そして白夜の国の人々が泰然と驚きもせずだった事を

月は東に 日は西に 育まれた我が身の倖せに 自然に感謝する。







































t
自然の中で~、
  四時 今日は早朝出かける予定なしで、

暗い中の散歩も嫌なので夜明けまで パソコンを開く、

小鳥が お早うの囀りだけで 何処へか飛たつた、一瞬の静寂、

東の空が明けて来たので・・・、

自然の雄大さをフィルムに捉えるカメラマンの真摯な姿勢は

昨夜の満月?も、西の空を染めた夕日も、宇宙に抱かれての神秘を

届けるキューピツトの仕業を思わせる神々しさをも放つ、

豊かな自然に抱かれて 天からの 恵みの中をの一日の始まり。



嬉しいブログへのコメント、
 今朝は四時半から散歩一時間後にシャワー

七時五分の高速バスで東京駅へ 中央線で信濃町の病院へ

二女も来てくれての手術前の診察を受けた爺

検査入院していたのに今日も検査があった、午後二時からの

麻酔のビデオと説明 帰りのバスは東京駅五時二十分発だった、

予定どうり一時間十分で駐車場停に着いた、

無性にマグロが食べたくて 何時もの寿司やで夕食を・・・、

パソコンを開いて行きのアクアラインから眺めた海を書こうか

帰りの車窓から見た月と微かな夕焼けを書こうかと・・・、

昨日の記事へのコメントが 優しく迎えてくれていた、

今まで沢山の喜び、温もり、包み込まれる、諸々の刺激を頂いたが

越後悠々散歩 は此処へおいでと呼んでいる、

呼ばれた私はとても強く行きたくなった、こんな気持ち初めてだ、

ララの風景写真 越後悠々散歩で知り得た 和みを頂けた が雷滝と

緑の山々と赤い橋 は呼ばれている感が・・・、

ララさんは魔法を使い masaさんはストレートに呼んでくれる、

ご縁なのか 神のご褒美か、感謝以外の何物でもない、感謝。



美しい写真に魅せられ魅かれて。
 ブログでの素晴らしい写真に魅せられ魅かれて、

越後悠々散歩 断崖の海、日本で一番海に近い駅、青海川、

相馬御風 糸魚川歴史民俗資料館、等々は公共交通でと・・・、

ララの風景写真 長野県、高山町 検索するとなんと 雷滝、

今日の高井橋、電話して資料をお願いしてと考えているが

交通手段は車が良いような感じだ、一人旅に慣れている我が身

誰に気を配る事無く 我唯一人、時間を贅沢に使える、

宿泊を多くにの泊まり泊まりなら大丈夫かなと思案中、

以前 長野県の大鹿村も公共交通と民宿の方のご厚意で

ガソリン代の名目での駅からの送迎、村中だけでなく山をもの案内、

旅の醍醐味は予定を立て 交通網、宿泊施設選び等々が半分を占める、

時間が許せば長女、二女も行きたいだろうが・・・

今週はこれから私の整形の病院、明日は爺の手術前の診察で東京の病院へ、

金曜日、私の歯医者へでの横浜、土曜日は横浜の孫の運動会、

忙しい中 ブログの写真から沢山のオゾンを頂戴、酸素補給させて頂いている、

感謝、感謝の日々に感謝、ブログに感謝。





東京見物。
  十四日横浜から品川で山手線乗り換えで浜松町へ

モノレールで一つ目の駅天王洲アイルを超急車で羽田国際ターミナルへ

普通に乗り換えて天王洲アイルのホテルへチェツクインの前に

夕食はレストランでなく コンビニで調達して部屋でということで

各々自分で食べたいものをチョイス アイスクリームも・・・、

ランチが遅かったので おにぎり他

二十四階の部屋からの暮れた景色は停泊してる船のイルミネーションや

羽田からの高速を走る車のヘツドライトが渋滞で光の帯が美しかった

朝食のジュースも濃厚でフレツシュと思われたし チョイスするのが迷うほど

豊富で美味しかった、珈琲も美味しく天気は雨だが気分は晴れだった、

二女の車が迎えに来てくれ はとバスコースのように 皇居を回り

浅草で少し明るくなったが 雷門を眺めて二女の住んで居る町が寄贈した

大提灯の雷門の裏側に小舟町 の説明したりの間に東京スカイツリーの下を

走っていたりで 日本橋三越の天女象を写したり みやげを買ったりで

時間もランチ予約をしていた 日本で唯一の六星ホテル マンダリン へ

車は駐車場の長蛇の列に二女は家の駐車場へと向かった、

予約時間丁度に けしき に入った、 年々食が細くなったのか

横浜のスカンデイアでも けしき でも残してしまったが美味だった、

雨は上がり晴天になった、日本橋にはメトロリンクという循環無料バスが

東京駅を起点に走っているので コレド室町前から乗車東京駅で友達を見送り

高速バスで楽しかった三日間の余韻と共に家路に着いた、

健康に留意して元気に活きて行きたいと切に願った。



横浜ランドマークタワー、
  朝食を済ませて山下公園を散策 三人でそのまま徒歩で

港の見える丘公園へ 外人墓地、バスのあかいくつ号で赤レンガ倉庫へ

若者が長蛇の列 スピツツの公演と一列はグツズの販売とか、再び

赤いくつ号で桜木町へ 動く歩道でランドマークタワーへ

日本最高速のエレベーターで展望フロアー スカイガーデンへ

三百六十度 東京スカイツリーから伊豆大島まで しっかりは

見えなかったが 十分満足した様子 再び桜木町から中華街へ

少し遅めのランチ 重慶でちょっと行列に並んでの着席、

他にも美味な店は在るが もの凄い人の中華街が記憶に残ると選んだ、

食後元町をブラブラして ホテルで預けていた荷物を受け取り 東京へ。



若冲がきてくれました、
  十三日散歩は夜明け前の四時半スタート

一時間後にシャワーを済ませて朝食を頂く、

身支度をして七時五分発のバスで東京駅へ

定刻着は八時二十五分 運転手の力量での到着時間が異なる、

運悪く運転手さん渋滞具合を読み取れないようだ 私の乗る

新幹線は東京駅発九時、大宮乗り換えで新潟からの友二人も

乗車してくる、バスの到着が遅れて九時七分前 小走りでの

八重洲口に タツチの差でセーフ 指定席に座り ヤレヤレ、

混んでいて友とは並び席ではなかったが車両は同じで福島駅へ

県立美術館で 感激の時を過ごした、素晴らしい、

予定より早くの新幹線に切符を変更しての東京駅へ 東海道線で横浜へ

予約の山下町のホテルへチェツクイン、一息入れてから

イルミネーションに彩られた氷川丸を眺めながら 

北欧レストランのスカンデイアで予約していたスモーガスボードを堪能、

入り口からの階段と店内の壁に飾られた木彫りの装飾

友達に港町情緒を味わって頂いた、私のもてなし定番コース、

山下公園はちょっと遠くまでの散歩コースだった 明日晴れてと就寝。





横浜から保険代理店の人の来訪。
  今日は昼前に横浜の保険代理店の方が来宅

家の火災、地震の保険の件、 昨年も横浜の家の件で来宅していた、

彼の両親の代から保険全てお願いしている、五年に一度の更新だが

三十六年の火災と地震は五年のみとか、両方とも五年契約にしたが

お守りみたいな掛け捨てが月計算すると一万円弱、三十六年だと

総額二百万以上だ、爺も平均寿命を超えたし、私もお迎えが何時来るやも

横浜の家は長女家族が住んでいるが 固定資産税、保険等は名義人の我々が

支払っている、家そのものは我々の住処のほうが価値は高いが

大きな地所でも田舎の土地の価格は安い、私達亡きあとは娘達に委ねるだけだ、

十月と十一月は車二台の保険と出費が多い、忘れていたので頭が痛い。



ジバング、大人の休日倶楽部。
  ジバング、大人の休日倶楽部に入会したのは

小唄のお稽古友と三陸へ行こうと決めての入会だった、

どうしてだったか ホテルも予約してからの中止だった、

新幹線乗りほうだい、二泊三日の東北の旅や 今では

三泊四日も出来た、 新潟の幼き日の恩師を訪ねたり

長野県の大鹿村迄訪れて 民宿の方の運転でのドライブ

羊のチーズ工房や塩の精製所 山の上の展望台等々

ブログで知った 柏崎の青海川 日本で一番海に近い駅を

訪れたいと計画中、日本海を訪れたい。



露草いっぱいの野道。
  今朝散歩スタートは五時

もう明るくなっていた、空に雲一つ無く最近には

珍しい好天気 この明るさが露草には必要不可欠、

あんなにもみつからなかったのに 今朝は其処此処に

可憐な姿と綺麗なブルー 切りとうしの山間に太陽が

歩いている間に山に姿を隠したが 少し汗ばんできた、

山に沈む太陽に手を合わせた友も、今日の日の出にも

手を合わせるだろうと 一人倖せな気持ちで歩いた田舎道。



十四日は何処もホテルは満室。
  急に決まった新潟からの女性二人の上京に

十三日は楽にホテルが横浜に取れたが

十四日は一度は泊まりたい東京ステーションホテルも

何処も彼処も 満室だった バスで往復我が家を宿に

往復四時間もの時間のロス、二女が探したお台場にトリプル、で

朝食無しで一人二万円強 高過ぎ 

今朝散歩の後で ネツトでだめもとでの検索

見つかりました、手ごろな値段でトリプル朝食付き

二女から拍手画のメール、是だから旅のプランだては止められない、

明日から 旅のガイド役 楽しみ、楽しみ。





めっきり涼しい朝の美味しい空気の中で~。
  昨朝は日本橋に泊まったので、又ライブハウスの

心地よい余韻で少々就寝が遅くて、散歩無しで・・・、

今朝の小雨の中 歩き出したが 途中で帰る事にして・・・、

空気の美味しさは東京では味わう事が叶わない 田舎での倖せ、

 欲を言えば在独時代のように 市内でのオペラ、絵画等々の観賞

車で15分も走れば郊外の乗馬倶楽部や田園の空気を満喫出来た、

週末の街 アルトシュタツトの観光エリア以外の静かさ、

週末割引の飛行機便 車の走らない静かさ等々

めっきりの涼しさと美味しい空気に 便利さか自然の中での日々かに

自問自答している 私が居た。



ビルボード東京でのライブに感激。
  東京ミツドタウンのライブハウス ビルボード東京

二女の姑さんが 予約した席は最高で ブギウギ ピアノの

ライブ 二台のグランドピアノを向い合せに配置して

ピアニストの指をリズムを 背景はビルの明かりが夜空に

演奏直前 ビロードのカーテンで 背景が消えて

懐かしい 青春時代の心地良いリズムが 溢れた、

どの曲も 脳裏に染まっていた・・・、

心地良い鼓動が 新鮮な衝撃が ずーと残った夜だった。



プロ と アマチュア。
 物作りをしていた時一度も満足出来なくて、

でも 乞われて教室を開き 教える真似事をした、

しっかり授業料も頂き 青色申告もした、

デパートのウインドーや 特別食堂 特選品展示ケース 

呉服の特別展示会等々 装飾課のお手伝いの仕事、

レストランの白いグランドピアノの上や バーの壁

料亭の床の間をも飾る季節を先取りした装飾をしたが

満足な気分は皆無だった、半世紀近くも前の事だ、

ご縁で 米軍基地での教室も 横浜、横須賀、座間、

横田だけは電車で通ったが 高額な収入が・・・。

収入を得るのがプロならば 人々を感動させる写真をブログで

提供する方はアマチュアなのかと 私的には不思議な事。






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