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海925

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散歩コースは畦道
話題はオペラ、
  つい先日に 届いた梅干しと最後になるかなと夏野菜、

日本橋の二女と隣家の二女の姑さんにY-便で送ったが クール便でなく

だったので 野菜が蒸れていたみがあったようだ、何時もなら

姑さんの有り難う電話があるのだが 娘からだけで 旅にでもお出かけかと

今日 届いた日本橋弁松の生姜の辛煮、京都・萬亀楼のぶぶつれ

浅草・小桜のかりんとう、はがきに綺麗な文字での礼状を添えて、私から

有り難う電話を入れた、話はトリノからの日本公演 弾んだ話題は海外へ私は

シシリー島パレルモのマツシモ劇場でアイーダ以外のオペラを観る事をと

彼女は共に舞台を観賞したいようだったが 劇場と演目と己の状態での

感受の有り様が異なると話が落ち着いた、何時になるかは未定だが

年を重ねた私も 今一度シシリー島を訪れようと思う。



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美味 カンタレーラ、
  パソコンで検索すると出て来る、出て来るカンタレーラ、

ノルウエーの山で八月中旬からだったと記憶しているが

天然の茸 カンタレーラ 主に肉料理にソテーしての付け合せ

又 湖での漁の天然の鱒、なんと美味な、形容しがたい美味しさ、

山のコテージ滞在で収穫して、街の家での調理、好ましいのは

テーブル・セツテイングだ 魚料理にネツトのテーブルクロス

ブルーのガラスの皿 調理は至極簡単、魚の腹を割り内臓を取り出し

香草をつめて 霧仕上げるだけ 彩温野菜を添えて

主がオーバル皿を左手で持ち サーブして下さった遠ーきあの日、

今でも目を閉じて思い浮かべると 光景が浮かぶ、

総べてが 思い出の中に 凝縮されて輝いている。



越後・南魚沼市の芳実甘菓・栗よせ、
  今朝一番の来訪者は隣家のご主人 旅に行って来たと

おみやげを届けてくださったのが 越後 のお菓子、私は

越後 の響きが好きだ、 日本海に沈む夕日を眺める事が

此処のところの関心事、青く岩に打ち砕ける海を想うと、

胸がキュンとする、今までに多くの海を眺め 時には身を浸した、爺の

九州からの両親の同居と希望でのお墓は鎌倉霊園だが 私の遺骨は

地球上の何処にも繋がる大好きな海にと 散骨希望を宣言してるが

死後のことは 解からない、如何してこんなに 海に拘るのか

不思議だ・・・、きっと水が好ましい あの大河の源流が好きなんだ、

娘達の幼い頃からのスキー学校で通った赤倉・妙高高原や

長野県の高山村 水の源への旅のプランも心への滋養。



太陽が恋しい、
  房総半島に住んで居ると 当たり前のような太陽の恵み

ずーと昔 東西統一前の西ドイツでの仕事で時々取引の商社の本社への

日本滞在時も若さゆえか 多忙な所為か 気候のまえどりの仕事故か

天候にはそんなに敏感でなく過ごした様に思えるが この頃は商売抜きで

自然の中での生活に 太陽の恵みに感謝する、真夏の太陽は少々困るが

スエーデンの友人が冬の二、三ケ月をタイランドのクラビに村を作り

学校もで 太陽を満喫してるのを理解できる、彼等の緻密なまでの計算を基に

生活するのを眺めるだけでなく 見習わなければと思う、又けっして無駄に

お金も時間もだ、これは旅にも反映されていて良いお手本だったし 私にも

染みついている、過酷な環境とは言わないが、いつもどんよりとした空の下で

短い夏の太陽をビキニで公園の芝生にの姿も解かる気がする、

四季の素晴らしい日本に産まれた倖せを秋の雨上がりの今強く思う。



散歩時間いろいろ、
  今日も昼食前の散歩にしようと思いながらも天気予報をチェツク

朝九時頃から雨のようなので 慌てて家を出たのが六時過ぎ

一昨日は夕食前の四時半スタート 第二コースから農道に戻るところで

M-さんご夫妻と会い ご主人はワンちゃんと後からで M-さんと二人

僅かな時間共に歩いた、家に帰るととっぷり日は暮れて暗かった、

昨日昼食前スタート お米を求めている農家のK-さんと行き会った、

ゲートボールを自治会館の庭で楽しんだ帰りと話していた、又枝豆があるので

明日岬から娘が来るので 届けると話され 娘さんは脳梗塞で右手での運転

障害者のマークを でと、何時もお米を届けてくれる息子夫妻は土曜も仕事で

以前は走っていた市バスも廃止され 娘に病院への送迎をとの事で

一日位前に電話を下さったら 爺か私が車を出しますよと伝えて何処の医者かも

訊ねた、又第二コースからの農道でN-子さんの軽トラと行き会い 彼女が車を止めて

挨拶されたので 挨拶を返し荷台を見て美味しそうと言うと 枝豆、キュウリ、

白菜を積んでいた そして重いから届けようか?、いいえ頂けるなら持ち帰りますと

頂いて帰ったが重かった、でも採れたて 鍋にしようと嬉しい散歩だった。



散歩時間いろいろ、

日本海 青海川からの夕日を眺める事延期、
  此処のところ週間天気予報 長野県、新潟県をチェツクしてる

まず、日本海に沈む夕日、星峠の棚田、が新潟県でのメイン、

新潟には幾度も訪れていたので 割合と近くに感じていたので

好天にと ホテルに予約をしたが 天気予報にもとずき

延期する事でのキャンセル、長野県の松川渓谷はバスツアーでと

我が町からも出ていたが 満席でのキャンセル待ち、キャンセルが

出たが二名の部屋が二部屋、それも出発の前日、あぁご縁が無いんだ、

とあきらめたが無念、小唄の稽古仲間に電話した、エツ行きたいけど明日?、爺は

君ぐらいだよ前日でもオーケーなのは と笑っていた、 私を誘う写真、

今日拝見した長野県の高山村・山田牧場で あぁ此処も行きたい、

そうなんだ 自分流にプランを立てて この地を訪れよう バスツアーで

出かけなくて良かったと思った、楽しみはプラン立てから旅の楽しみが始まる。



やはり友は入院してた、
  ここのところ スカイプのライトも点いていないので

心配でメールしても 直ぐ返信をのミラネーゼの友からは

なんの音信も無いので クラウデイアの携帯に電話を入れた、

案の定 心配したとうり 病院への再入院だった、

丁度昼時間 友への訪問で私からの電話があった事を伝えると・・・、

長い間 待ち受けた肝移植 スカイプでの様子が気になってはいたが

ただ祈る事しか出来ない 寂しい気持ち

少しずつ快方にと 願い 祈る。



清水寺でオペラ、
   今朝早い時間のNHK-のニュースでイタリア・ボローニャ?、

だったと思うが 清水寺で 二百人の観客を前に オペラ公演があった、

今後も他の場所での公演を計画しているようだ、是非とも観たいと願う、

オペラは歌舞伎と似ているようで、ミラネーゼのクラウデイアと観たオペラ、

ミラノ・スカラ座 トスカだった 私はドイツ・デユセルドルフで

歌い手の友からの四、五百円以下での特別なチケツトが入手したので

時間の許す限りオペラハウスに観に出向いていたので、理解したようにと

思ったが イタリア語でも歌舞伎と同様で解説がないと難解のようだったが

気分は昂揚して大きな声で知らない歌を歌っていたのには驚いた、

清水寺の公演はオペラを浸透させるのが目的のようだ、

如何にして次回の公演のお知らせを入手出来るかだ、

アンテナを高くして・・・、京都在住のY-子さんにも聞いてみよう。



アバノ・テルメでファンゴ治療、
  今朝も肌寒いので 散歩は暖かくなってからとパソコンを開いた、

待っていたかのように スイスのマレリーンからスカイプでの呼び出し、

暫らく振りの会話、保険でファンゴのトリートメントをアバノ・テルメで

受けてきたとの事、初めて耳にするホテル名なので一泊の値段を聞いたら

百オーロ以下との事でも保険で支払われると・・・、以前私が滞在した時も

日本にも同じ様な保険があればとの話が出たが、滞在費・トリートメントの

費用が出るようで もちろん何らかの症状がのようだが医師の診断での期日が

決まる様だ、アバノ・テルメのホテルはほとんどがフルパンションで

ドイツ・ベルリンからパドバの学校にイタリア語を学びに来てた人も滞在してたが

ランチにサンドウイツチを持参できる様だった、朝食はともかく昼食も二メニューで

北イタリア料理がいろいろ楽しむ事が出来た、今は亡き同年のミラネーゼ、マリアと

宿泊したが 此処の料理は美味しいと褒めていた、彼女とは イスキア、シルミオーネ

スペインのコスタブラバで共に過ごしたが 褒めたのはアバノとイスキアだった様に

思いでがある、日本はシングルは特別料金だが個人が確立してるヨーロツパは値段の差は

皆無のようだった、アネリーゼとのサンレモ滞在以外はシングル・ルームだった。

又ドイツからのバスでの団体客は低料金での滞在のようだった、これはアバノに限らず

サンレモのホテルもリーデイングホテル グループの五星だが アメリカ・フェラルデフィアから

一週間のホテル滞在とフランス二都市を回り往復の飛行機もで千ドルと話していた、

日本の旅行社が儲け過ぎなのか 無知なのか 舵をしっかり握って欲しい、

日本は高いが外国の人の印象のようだ。



梅干しと野菜を宅急便で、
  毎年夏に梅干しを頂戴してるが今年は留守が多かったので

送るのを遅くにでつい先日届いた、横浜、日本橋二軒、我が家と

小梅と梅干しが四軒分ずつ八パツク、昨日八百屋でさつま芋、里芋赤目を

求め、今朝雨だったので電話で直販所出品を聞き 注文した野菜は オクラ

キュウリ、ニラ、ホーレンソウ、ブロツコリー、ピーマン、枝豆、他、

ピーナツ、は入れ忘れた、さしみ蒟蒻は水が出る心配があるので止めた、

栗おこわは如何と電話が入り 持ち帰りでなく明朝着く様に送るのでと

我が家用に一パツクだけお願いした、Y-宅配便に電話を入れて頼んだら

直ぐ伺いますがなかなか来ない、 やっと集荷に来てくれた、

値段はともかく 鮮度が味にもで これで夏野菜も終わりかと思う。



グリューワインとカルバドス、
  ヨーロツパも夏時間は終わり日本との時差が八時間、

十一月ともなると 飲み物もテーブルワインでなくグリューワインだ、

ちょっとヨーロツパを駆け足で回った時に飛行機は日航からルフトハンザに

変更したのも 何十年も前 日航のパイロツトが羽田沖につ込んで以来だ

何処へ飛行するにも直行便は無く 総べてフランクフルト乗り換え

又 この飛行場の大きい事、タツクスフリーのお店で求めるのが カルバドス、

これは日本では入手困難だった、未だアイルランド人の神父さまの時

珍しくグリューワインを店頭で見つけて買い求めて一本神父さまにと

差し上げたら 如何したらと聞かれたので 冬寒い国だからご存じかと、

温めてお飲みくださいと説明した、年末になると アルトシュタツトや

北イタリア アバノ・テルメの街中にも 素敵な屋台というか で

冬の風物 グリューワインが販売される ようは屋外での立ち飲み、

カルバドスはフランス・カルバドス産のリンゴ酒でリンゴジュースに少量

近頃は薬が処方されているので 爺ともアルコール類は調理酒位で飲んでいない、

食器を冬用の赤を取り出そうとして カルバドスの瓶が未開封で目に

もう何年も手つかずだと思いながら 又仕舞ってしまった。




アイロン掛けとアイロン台、
  今年は十月でも真夏日があったので数枚のTーシャツが

終われないで ハンガーに のままだ、今日はとアイロンかけを、

アイロン台は年代もので、たしかアメリカ製、上布が傷んで

イタリアのアバノ・テルメ滞在時に寸法を確かめて購入したが

心持小さい、二女がニューヨークで探したが見つからなかった、

ベルギーからアントネーラが来宅した時も ブルツセルで探すと

送ってくれたが やはり少々小ぶりだ、台を買い替えればすむ事だが

金婚年も三年前の我が人生 常に活躍した代物だったので愛着がある、

ドイツで使用してたのは 二女が今でも使用している フィンランド製の

赤いダイニングセツト コーナーシュランク 食器棚 ワインラツク の

シリーズ物他で 応接セツト ベツト 衣装タンスや諸々の家具や電気製品、

台所の調理器具、洗濯機他は 次の住人に内装をしない条件で譲り渡した、

車は売るのも面倒だしそんなに高値ではないだろうと K-社の引越見積もりの

現地採用の薄給の人にあげる約束をした後 友人のトニーが欲しかったとの事

ちょっと遅かりしだった、T-シャツは総べてアイロンはしない、ただ外出用のみ、私の

拘りの性格は 食器洗い機でなく スポンジで手で洗う時に使うスポンジもお気に入りがある、

我が町で購入不可能なら 横浜か東京での調達になるので物は大事にするが

いよいよ身辺整理をの時期もで 断捨離が少しも進まない 困ったものです。



バスツアーを検索したら・・・、
  天気予報はあいかはらず 関東甲信は強い雨、

ララの風景写真 で 黄葉と雷滝に写真の中に入り込みたい願望が

バスツアーでも を知りむちゅうで検索した、東京発が一つ、

クラブツーリズム 残念だが募集終了 そうだったのかと無念だ

しつこい様だが キャンセルでの空が有るかもとの願いを込めて、

コース番号と電話番号をメモした、 そうだった自分での運転でなくても

行く方法はあったのだ、私の癖でグループ旅行は自主的に動けないとの

偏見で 参加したのは外国での現地発だけだったし、孫四人と二人の娘、私の旅は

全てが ホテルの支配人と電話での連絡で自分流コースの旅を満喫した、

孫達のヨーロツパ デビューの旅は満足、満足だったし、今までの旅の思い出は

旅の醍醐味を充分堪能したし、同行者があった時は常に感謝されたので

長距離運転の場合 総べてクリアーしてからと バスツアーは思いもしなかった、

どうぞ 一席空が在る事を願う今の心境だ。



横浜中華街からハロインの招待、
  今年はメールでの案内でハロインに仮装で訪れると

お菓子を下さるそうで 合言葉とメールのコピーが必要なようだ、

中華街の店もいろいろと企画をしての集客をと頑張っている、が

近頃バイキングが流行り なんか店独自の料理が無いような気がする、

シューマイも豚挽肉に乾燥した貝柱を水でもどして 刻んで入れたら、

何処のよりも美味しいと思いながら自作自讃で食している、

コース料理もまあまあだし エビチリなんか独特性が無く どの店でも

値段も味も大差無いようだ、どうも 看板におんぶしての料理に鮮度が薄い

中華料理人の御用達の店がトンネルを抜けた麦田に小さな店で夜だけの営業だが

元町の美容院の紹介で食べてみたら 独特の味は美味しかったし

中華街も裏道りに 傾きかけたような古い店の一皿料理は美味しいと思う、

何を基準にでの店選びが 賢いかもしれない、

此処わが町で美味しい店は蕎麦屋だが お値段は日本橋と変わらない、が

他にないので 選択の余地は無い、横浜中華街も特殊な街だが新鮮味に乏しい、

と 言いながら 足を運んでいる私。



日本メデイカルセンター、
  旧日本エアロビツクスセンターが改名してメデイカルセンター、

久しぶりにプログラムを頂きに出向いたら 受付で暫らく振りですね、と

声を掛けられたのは 顔なじみのI-さんだった、七、八月は

部活動での学生が 遠くからも来ての大混雑で プールの水も汚れてる気がする、

お風呂もサウナも満員状態、夏休みは駐車も大変なので 休んでしまう、

初秋は爺の検査入院と説明、入院、手術とあわただしくだったので

サウナどころではなかった、今日みたいな雨模様の日でも M-ゴルフ場も

メデイカルセンターも駐車場は満杯にで 品川ナンバーのハイヤーも駐車してた、

景色は抜群で黄葉になった銀杏が特に美しい、躑躅も紅葉し始めていた、

我が家から車で七、八分だが 坂道を散歩はきついので 未だ歩いてはいないが、

散歩コースに頑張ればと思うだけで 実行は伴わない、気温も二、三度差がある、

サウナだけでも 入りに行こうと思う。



庭の木々、
  早朝散歩の後 久しぶりに庭を一回りした、

やはり一番に目に入るのは生垣の槇の若緑の新芽の多さ、

下枝の葉が紅葉してるブルーベリーが綺麗だ、

葉を落としての大木の櫻も気持ちが和む、金木犀は花を香りを

知らぬ間に 佇んでいる、山茶花は白が花開いて 他は蕾は堅い

蹲踞の脇のツワブキの黄花が愛らしいが野菊が楚々として好む花だ、

躑躅は上からの紅葉だ、残念なのは伽羅の部分枯れだが 来月の

植木屋さんを待つ事だ、 裏庭のもみじも 少々可笑しい、

大木の楠と欅の新芽の勢いはもの凄い生命力を発散している、

以前の植木屋さんは重機を使ったが 現在お願いしてる植木屋さんは

腰にロープを巻いて 登って 枝を落としていた、その身の処し方に

羨望に近い眼差しで見上げたんだった、独りでなく下にもう一人が

音頭を取るような感じだった、築山の三本の松も以前の植木屋さんは

 眺め眺めで一日一本だったが 今の植木屋さんは一日で三本仕上げる、

十年前に植えて頂いた葡萄も頑丈な棚を残して 今年は枯れてしまった、

母が存命中年を取ると 騙されるような事が起こると話していたが

確かに足元を見るような事にも出会うのは年寄りの僻みだろうか、

年契約をしたいとの申し出に 年金生活だからと断り ちょっと遠方だが

植木屋さんを変えて満足している、裏庭から北東の庭の木々は次回に・・・。



サテライトショツプ三越オープン23年記念セール、
  何時ものセールと商品は ほとんど変わらず、ただ

今回のセール 今日23日はうまいもの会での なだ万のお弁当、

まい泉のヒレかつサンド、今半の牛肉弁当、志乃多寿司ののり巻、

上野みはしのあんみつ、柴又高木屋の草団子、御茶ノ水小川軒のレイズンウイツチ、

miyabiのデニツシユ食パンが十時開店から売り出されたようだ、私は

ちょっとした時に差し上げる 缶入り菓子を買うためだ、夕方五時頃、

なだ万のお弁当は ワゴンにまだ売り出されていた、前回駐車券の金額が足りずで

その旨話したら、今回は余分だった、丁度横浜三越が閉店した頃

此処の店がオープンしたのだろう、商売になるのかと心配するが

近在の人々は 贈り物にこの店の包装紙が好まれるようだ、

売り出しは後二日 其々名店と言われている店のうまい物が売り出される、

明日は好物の奈良の柿の葉寿司と築地なが田の粕漬切落しを十時に買いに行こう。



早朝の月、
  此処房総半島のおへそに位置するわが市の我が家は

ぐるりと低い山々に囲まれての地形で 何時もの散歩は農道と畦道、

昨日の散歩より時間を早めた今朝は未だ暗い五時だった、まずはと

天空を見上げて雲のベールから 明かりを放つ月を確認 ほっとした、

大空を覆う雲が昨日と変わらずで 寂しい気もしたが 時間を待てば

晴天かもしれないと思いながらも 切りとうしの山間からの明かりを

気にしながらの散歩となった、 地域自治会のテントはかたずけられていた、

この時間は 新聞配達人はもうすでにで 我唯一人舞台の天地、

畦道の枝豆が未だ取り入れされてないのを 味噌用かなと一人がてんしたり・・・、

新米もやっと口に出来る 昨日お天気をみて届けてと電話をしたら 直ぐ届いた玄米

今回は重い物を持たないようにとの爺は コイン精米機には行けないので

十キロずつの袋に分けての私の仕事だ、お月様が丸い間にかたずけよう。



房総の日の出、
  今朝の散歩は五時半スタート、玄関を出て空を見上げると

一面黒い雲で覆われていたが 雲間から微かな明かりはお月様、

周りを低い山で囲まれた稲田の道を 何故か立ち止まり天を仰ぐ

東の空の微かな雲間の光が 儚いが美しく天使たちが舞出そう、

暫らく佇み歩くのも忘れていた、雲の動きの一瞬の輝き、

車を走らせれば三十分での九十九里浜 元旦だけでなく 行こう、

野菜直販所の収穫祭の五張りのテントが 乾くのを待つかのように

地域のまとまりの良さを 知らせてるようだ、

西の空に落ちる 茜色は度々目にしたが 今朝の光もきれいだった。



腱鞘炎、
  そんなに 働いていないのに 右手親指全体が痛い、

若い時には一度も無かったのに 四年前に一度体験したが

整形外科の医師が打った注射で すっきり 治った、

今回 思い当たる事は 携帯のメール? しか浮かばない、

ここのところ食器洗いは 僅かだからと 手でしていたが

これも老いてるサインなのか  カルテを開いて 今回は塗り薬をと

五十グラムの塗薬を二十五グラムに変更して、又医師の診察を受け

注射をして欲しいと願うが 如何なる事やら・・・。



雨の中を~、
   雨で散歩はお休み、野菜直販所の祭りに顔を覗かせて

電子手帳の電池交換をお願いの為のK-電気店オープン時間に合わせて

家を出たが 直販所では雨が激しく 交通整理の人も出てで

車を止める事も無くで 開店時間前に電気店に着いてしまった、

電子手帳の辞書は カートリツジ挿入で 英和・和英、独和・和独の他に

七カ国語辞典と二十年ほど便利に活用してきた、S-社製で電池交換は

横浜時代は磯子のサービスステーションを利用していた、当地に来てからは

一度は横浜での電池交換だったが 電気店でもと知り 当地での交換だった、

昨夜 スペル確認での使用時 電池交換のサインが出た、もう一つの K-社の

イタリア語辞典も電池が切れていた、これにも和英・英和もあるが 使い慣れた

S-社を好んで使用している、が なんと電池交換後 画面が黒くなった、

店員の扱い方が目の前でだったが ウンと腑に落ちない動作で不安があった、

オンにして電池交換の文字も確認しなかった、店長も共にの応対になった、

S-社に送るとの事 明日自分でS-社に問い合わせてから お願いすると持ち帰った、

日本は便利に日曜も商売をしているが こんな時会社は休みで連絡は不可能だ

電子手帳もやっと使いこなせる様になったので どうぞ使用できる様にと願う。



野菜直販所の収穫祭、
  今日二十日は 野菜直販所の収穫祭、

年一回 M-コシヒカリを収穫の後 今年で十二回を

お餅を搗いたり トン汁も 籤の合否で無料でも振る舞われる、

此処の地域の唯一の祭り、生憎の雨での出足は如何に

何時もは七時に買い物客で見る間に商品が買い上げられてだが

今日は八時オープンで催事は九時から 雨で散歩はお休み

夏野菜はほとんど無いのかな チラシには トマト キュウリの文字も

大好物のオクラが有るか 早めに顔を出してみよう。



未だ亡き夫を涙で語る友、
  人は三年で哀しみから抜け出せると言われているが、

年月を二人三脚で仲良く過ごした人は 哀しみからの脱脚が困難なのか

夫を看取り 四年の歳月を経ても 立ち上がれなく日々を過ごす友は

手を忙しくで 自分を保ちつずけているが 話の合間に涙する、

気丈には振る舞うが 言葉をとぎらせて・・・、

器用に細かい縫い物 これからは 得意の編み物で 気持ちの昂揚を保つ様だ

早朝散歩の家路への途上 今日は会えたと 誘われる珈琲に

彼女の温もりになれればと 少しの間の珈琲ブレイク。



ブルーベリーが紅葉~、
  今朝の散歩は六時半スタート 昨日と同じく

隣の家人が 道を掃除していた、 朝の挨拶と四方山話、

枝垂れ梅の脇に植えてあるブルーベリーの葉の色付きに目を

なんて綺麗に赤く 一枝だけが、間もなく 裏庭のもみじも・・・、

日々 秋の色に染まる木々に 命への感謝が・・・、

そして何故か淋しくも在る、  

キャサリン・ヘツバーンの黄昏を思い出したり・・・。



写真に魅せられて~、
  いや~参りました、

一日毎に魅せられ魅かれて 又天までもが 微笑でなく

笑顔 満開での応援協力 こんなにも 昂揚出来る力に

驚くとともに 感謝、ただ感謝だ、 

写真の中に写真家の総べてをも含んだものさえ 感じ取る事が・・・、

と 思うのは 我の思い上がりか?、

嬉しいのは 感動する事が 感動出来るものとのご縁、

我が身の立ち位置にも感謝だ。



星峠の棚田、十日町 松代の観光課、
  にほんの里100選 星峠の棚田 の星空と棚田の水面の星、

従妹が調べても 星峠の所在が解からないと言うので 駅に行き

新潟のパンフレツトを頂いてきた、 やはり素晴らしい場所だけに

にほんの里100選の中の一つであった、検索して住所がわかり

観光協会の方と電話で話して 車で新発田から来るという従妹の住所に

地図、他の送付をお願いした、今朝も彼女とは電話で話した、

十月末だと紅葉は未だのようだ 十一月六日は爺の受診日、の後日か

連休の後か 迷うが 第一は海の柏崎の 夕日を眺める事、

越後悠々散歩 の写真の場所へ。 越後線も是非乗車したい、とーい昔

イタリアの地中海岸を汽車でサンレモ迄北上した事が思い出される、

今は亡き友 アネリーゼがドイツからニースへ バカンスを共にとサンレモの

ホテルでの合流、

冬に燕在住の友の運転で出雲崎の良寛記念館を訪れた時の日本海は

暗い粗々しい様相だった、やはり青の日本海は十月末の方がと欲張る私を呼んでいる。



台風26号、Ⅱ、
  台風の雨も少なに、風だけは吹き付けていたのが

収まって来た頃 テレビでの伊豆大島の災害の大きさを

人命だけはとの願いは打ち砕かれて 犠牲者がでて未だ連絡のとれない

五十人もの人々が居るという、これからも雨が降ると告げている、

晴れて来たかと ほっとしたら 又曇り 伊豆大島への思いを暗く暗示、

太平洋岸を北上して 仮設住宅にも被害が出ている様だ、

後手後手になってる支援も 又新しい災害に 日々気持ちも重く、

何を手伝う事が 今の私への呼びかけかと 自問自答している、

犠牲になられた方々のご冥福を祈る。



槇は県木、
  我が家もだが この地域の家々の垣根は ほとんどが

県の木 槇だ、  何時もの散歩コース第一、第二とも山裾に

点在する家々は 競い合うように、手入れをしている槇の生垣と

数本の大きな枝振りの良い 槇の木と 足元に柘植が配置されている、

家屋の配置は母屋と納屋、共に百四十年も前の建築だと聞いた、

第一、第二コースとも一軒ずつの長屋門の家が手入れの行き届いた風格で

後ろの山を背負い建つ姿は美しい、どの時代にも流行があるのか

ほとんどが 同じような趣をたたえている、

トマトのT-さんと 本家H-さんの家は 残念にも 圏央道建設での移転で

トマトのT-さんは稲田を埋め立てての新しいスタイルでの家でも槇の生垣は

旧家屋と同じだし、本家H-さんは畑地に風格堂々の農家の作りで生垣は槇、

建築中 遊びに来ていた孫は お寺が建つの と聞いていたが平屋建ての

家屋の屋根の瓦の勾配が醸すのが お寺の姿に見えたのだろう、

地域のまとめ役 長のK-さん宅は やはり山を背後に南に向いて 道路から

勾配のあるアプローチを上るような家だが 広い土間を鉢植えの花で埋まるほどで

幾度も招かれた毎に手入れされた家屋はもとより 庭木も生垣は槇も

此の地に溶け込んだ美に 古くからの人間の素朴な感覚にも 敬意を持つ、

我が家の生垣の槇と庭に配置した大きな槇の木に 今年はこの時期萌木の新芽が

多いと思うが、十一月に手入れに来る植木屋さんに聞いてみよう、私の思い違いかな。








台風26号、
  昨日からの時々強く降る雨も今朝八時には風が強い

唸り声は生垣や大きい木に当たり なのか 風がぶつかり合うのか

ピーと言う声は 落ち着きを奪う、川の氾濫で市の放送での避難地域も出た、

今日も外房、内房線は運休だ、我々爺、婆?、には関係ないが

通勤、通学の人々は困るだろうなア、と お気軽な事を書いているが

台風いっ過の抜ける様な 青空が待ちどうしい、十年来の大きな台風

被害の少ない事だけを願う、伊豆大島の被害は甚大のようだ、

どうぞ どうぞ 人命だけは奪はないでと 祈る。




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