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海925

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散歩コースは畦道
ゴーラツシュソースでニョツキ、
  今日の小さな村の物語・イタリアでの昼食に

牛肉と野菜のみじん切りをトマトで味付けしたものを

北イタリアでは ゴーラツシュと言うようだが 東欧の

ゴーラツシュスープまがいのものだろう、ニョツキにかけていた、

この番組での料理は必ず手作りで イタリアマンマの味、

一度料理本を出しているアーニャ小母さんのアグリツーリズモに

宿泊体験をしたが 感心するような料理は提供されなかった

料理は旬の食材の味の饗宴プラスソースは作り手の愛情

そしてファンタジーだと思うのは 邪道かな。



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アクアラインからの富士山、
  今日は九時十分のバスでの横浜行、

空気がピンと張りつめて 青空が雲一つ無く気持ちが弾んだ

圏央道は少々色ずいた木々も 山々の中を軽く走る

海の色も何時になく青い アクアラインで はるかに見える

富士山 なんとも嬉しい トンネルを抜けて 羽田を後に

ランドマークと共に 富士山を眺める倖せに 横浜の街が

もろ手を広げて歓迎してくれてるようで 元気が出た、

ここしばらく新幹線の中からでも 雲にさえぎられて

見ていなかったが 一足早いクリスマスプレゼントを頂戴した。



青森からのりんご、
  毎年この時期に送られて来る青森のりんご

亡き友のご主人から恒例行事のように我が家へ

ドイツからの友と北海道からの帰り道にお邪魔した時

ご主人の運転で十和田湖へのドライブ 鄙びた温泉にも

再会を約したのに 次の年天国へ旅発ってしまった

知らせの電話に直ちに青森へ飛んだ、翌日ヨーロツパ行きで

通夜、告別式も未だだったが・・、

ご両親も健在で かけるべき言葉がみつからなかった

りんごも嬉しいが 何時までも友との結びつきが嬉しい。



姫柚子、

自然の温もり、
  外出する度に目を楽しませてくれる

ブルーベリーの紅葉 もみじも負けじと色ずいたが ブルーベリーは

紅色を輝かせている、躑躅も綺麗に紅葉したのと しないのと

山茶花は白い花が満開なのに 紅いろは蕾も堅く 新春を待つ

のだろうか・・・、

大きな鉢のシクラメンが 保険代理店から届けられた、

新春を迎える恒例の花 洋蘭選びも予定に入れて 季節の温もりを

体いっぱいに 味わう心地よさも 空気の美味しさが後押ししている

稲田も一面の黄色に変わり、所々の草紅葉も初冬らしい

散歩コースにポツンポツンと色ずいたもみじと銀杏も人生黄昏時期を

まだまだ輝けと応援してくれているように思える嬉しさに

有難い と温もりを頂く 倖せ。



スカイプでチャツト、
  ミラノの友人の再入院を知ったが

連絡は病院を訪れる事が可能な友に頼んだが

時々 スカイプのライトを目にしていたが

なにもせずでの日々を過ごしていた、一昨日 二女が

夫のゴルフ場への送迎で我が家へ、なんでだったか

パソコンを開いたら スカイプのページで チャツトで

こんなにメールが来ているわよ に あわてて チェツク、

メールしても届かないとの知らせで・・・、

又一つ学んで活用出来る 技術の進歩に何処までついていけるか

ミステリーなケースでの病状で十キロ体重が減り 少しずつでも

食べることが出来るようになったと書かれていた、爺の具合を聞く

ゆとりも出てきているので一安心、チャツトも此方からを学ぼう。



牛筋と脛肉、
  久しぶりの圧力鍋の登場で

牛筋と脛肉を沢山求めてのお得意料理

としているが なんの事はない 圧力鍋が大活躍

柔らかくなった肉と初めからの大蒜・玉葱は姿を消している

中へ 人参・じゃが芋を大きく乱切りにして投入

調味料次第で 色々な味を楽しむ始まり キツチンカーニバル

野菜ブースの葉物を除いて 全部投入でのハーモニー

カレーはもとより ケチャツプでゴーラシュ風味 ホワイトソースで

クリーミーに仕上げたりと此れには緑色が欠かせないのでみずなを散らす

お皿をキャンバスに 大人?の悪戯を楽しむ。



カスピ海ヨーグルト、
  我が家のヨーグルトは友人から分けて頂いた

カスピ海ヨーグルトだ 少々ドロツとしているが

朝食時一番に口にする テレビでのヨーグルトの食し方で

水分を抜き 料理に使うアイデイア 珈琲ドリツパーで

半日ほど時間を待ち 口に含んだら美味 フレツシュ・チーズ

のような まろやかさ 水分も野菜ジュースとで 是も美味、

モツアレラチーズの代用でトマトとの相性も抜群、

明日はベークドポテトと試してみよう、ヨーグルトでの思い出は

若い時 ドイツ・イザローン市のゲーテインステチュートで

学んでいた時 ブルガリアからのクラスメートがご馳走して下さった

ヨーグルトを使った白いスープは 爽やか風味だけが印象にあり

再現は無理で ファンタジーを膨らませてトライするのは来夏に・・・、

お腹の調子と相談しながら 暫くはヨーグルト料理を楽しもう。



MiTzi LORENZ,
ドイツで仕事をしていたずーと昔

イギリスへは隣町へ行く感覚で 公私で良く行った、

帽子はロンドンで店を構えた 母と同年代の MiTziさんの

帽子がお気に入りで 主に春、夏用の大ぶりの物が多い

お年を重ねた方だけに 常に満面の笑みで話されていたが

もう以前に 廃業されたと 思い込んでいたが どうして

検索したら ビンテージ・ハツト で健在のようだが

新たなオーダーは 彼女の天国での仕事で 叶わない

一つ ひとつの帽子は眺めるだけになって 箱の中だが

日々の生活を過ぎし日の様に 背筋を伸ばして歩もうと思う。



MiTzi LORENZ,

一昨夜月光に誘われて、
  一昨夜 調理台の東上窓に明かりの輪が

夏の朝日は眩しいほどだが 寒いのを承知で庭に出た

ピンと張りつめた空気の中に丸い月が東の空に輝いていた、

十五やの月と先日見上げた月が当たり前だが位置が違う

そうだ 此処しばらく 月を見上げる事がなかった

錦秋に染まった時間をこれほど心身に浴びた年はなかった

 美しい日本の秋を小包みにして ヨーロツパの友にも

届けたい、美しい自然に大いなる力を頂く倖せに酔う。



SAuoiniereの印、
  昨日書いたイギリスで求めた洗面用品の陶磁器

裏面に 判読出来ないアルファベツトと共にしっかりとした

サインはSAuoiniere が黒くはっきりと読み取れる

検索すると フランスの名前のようだ、頭文字のS-は伸びやかに

次につずく文字を牽引するかのように 又デザインのように

三倍の大きさで書き始まる、どの様な人が 描いた花は

想像するだけでも 夢が広がる 昔日の自然に育まれたであろう

作品を今日も手にした一日の始まり。



1936年生まれイギリスの陶磁器、
  何時だったか イギリスのどの都市だったかは

定かでないが 毎朝晩 洗面所で本来の用を総べてはなさないが

収まり良くそれなりにの陶器の洗面器・水差し・蓋付きの小物入れ・コツプ、

グレーの地に落ち着いた色のローズ、オレンジの花とグリーンの濃淡の

手描きの葉、気に入り話を聞くと誕生が私と同じ年 値段は記憶にないが

買い求めた、又ドイツからの荷物と同梱包だったので 仕事での滞在中に

買い求めたんだろう、ドイツでの洗面所は湯舟の隣にビデ・便器 そして

洗面台で陶器のセツトは置く場所がなく仕舞っていたのだろう、

実用品としての物か 昔日を写す為か 今は知る術もないが

手に馴染んで 心豊かになれる時間を過ごす。





赤いマニキュア、
  季節も秋も終わり冬の気配を感じるこの頃

暖かい衣料だけでなく 指先も色ずけしたいと

マニキュア・ペテギュアを赤い色に変えた、

今年五月早々と天国へ移籍した K-子が 我が家を

訪れる毎に持参してくれた 赤い口紅 リツプペンシル

それとマニキュアだった 彼女が亡くなった後 

白にシルバーの夏色マニキュア 二女にママ明るい色がに

新色のシャネルが気に入り 秋冬色に落ち着いた

不思議だが戦前 訪れた母の友人の赤いマニキュアの

思い出が濃厚に脳裏にある、それと六年前 二女の舅の

八十才の誕生日 会場迄の車中で服との色が気になりだして

色変えした事も たかがマニュキア、されどマニュキア。



あけび、
  毎日の散歩時間が太陽の暖かい時に

日の光の中に クリスマス・ツリーの飾りの様な

あけびが愛らしい 第一コースに一か所 第二コースは二か所

毎日 こんにちはと挨拶を交わす、もう顔なじみの柿の木も

柚子の木も おしゃれに彩豊かに実がたわわだ、

 晩秋でも ぐるりと緑の山々は ほとんどが杉と竹、

わずかに色ずいているのは 裸になる前の欅かも

稲田の一か所 一反が漉き込まれて黒くひかっている、

其処此処の生垣も定規を入れたように整った刈込が

のどかに新春を迎える準備を済ませてさっぱりしている、

美味しい空気を 深呼吸して頂戴してる 感謝 手を合わせる。



暖パン、
  ユニクロの広告に今年の新しい暖パンが

週末からの四日間 三十パーセント以上も割引しての

販売、裏布がフリース、毎週末 割引商品が違うようだ、

新店舗になって初めて出向いた、駐車場は満車 暫く待ち

駐車して店内に 五色に少々デザインが異なる暖パンを

試着コーナーで 偶然友人と会う 彼女も暖パンを・・・、

ストツキングともつれる感じがして 購入を断念、

中綿入りので この冬も過ごそう。
もみじのきもの、
  此処二、三年 きものを着たことがない

朱地にもみじの葉を散らした着物姿の想い出と写真は

数枚ある 一枚一枚に其々のストーリーが 又 大好きな

きものでもある、写真はないが 秋の日に北鎌倉へも思い出す、

ゆとりのあった生活だったなと思う、時間が自由に使える今

小唄のおさらい会ぐらい着物でだったが 歌舞伎へも着物は着て

行かなくなった、親族での小規模なパーテイでも着なくなった

四季があり 四季を彩る花鳥風月を織り込んだ色模様を

もっと大事に 身に纏う事は 心も飾る事かも・・・、

さて 何処へ足を延ばそうか 思案も楽しみの一つかな。









稲田の稲穂、
  収穫が済んだ稲田の切り株からの二番穂は

黄緑色の絨毯のようだ 散歩コースの農道にタンポポも

恥じらうように咲いている、なんか太陽の暖かい日差しを

体いっぱい浴びると 晩秋とは思えないが 稲穂の丈が低い

此の地 農業地帯に居をだが 農業はまったくの素人

でもこのまま田圃に漉き込まれるだけなのかと 寂しくなる

豊かなのか いいや違うと強く思うが・・・。




クリスマスカクタス、
  今年は小雨のシャワーにも縁が無くで・・・、

気持ちにゆとりが無い日々を過ごしたようで

クリスマスカクタスの鉢を顧みないで過ごしていたが

季節を告げる様に葉先に蕾が顔を覗かせている

なんか鉢植えに恥ずかしい気がして、ゴメンネと声をかけた

坪庭のツワブキとのバランスを取るのにも小さな鉢が

やはりびっしりと 蕾をつけている 我々人間より

正直に季節の先取りをしている 植物に教えられて恥じ入る。



計りしれないもの、
  昨日の散歩は植木屋さんに三時のお茶だ出しの後、

早めの仕事終いに支払を済ませて、来春 新芽の出る前の消毒に

来宅するとの事、悲しいでしょうがくれぐれも健康に留意をと

声をかけた、日のある間にと散歩に 歩きながらいろいろ考えた

代価を拂っても手に出来ない物 有形、無形こんなにもと・・・、

何にも代えがたい事柄も 両手で受け止め 消化できない事も含み

夢で包み込んで 活きる、

夕食後 供花代を渡さなかったと気ずいた、便箋に気持ちを書いて

内封筒に入れて O-夫人への便りと共に 明日郵便局で封筒調達しての

宛名書きに彼の名刺を用意した、三十二年前の私を思い出した、

友人達の喜ばしい活躍も遠くの他所事に だった、体重も三十六キロに

お風呂で浮かんでる感覚だった事など 父の死 以来 死には異常なまでの

反応を・・・、強靭な心 とは違うようだ が平常心を保つ事も鍛錬しなければ・・・。



植木屋さん、
  今朝も植木屋さんは八時半過ぎていた、

昨日は午後二時頃からの風雨で早々に引き揚げた後 爺が

H-さん奥さんをこの七月に乳癌で亡くされたそうだよ と

二、三日前に少し痩せられたんですね と声をかけた、

数年前に一、二度来宅していた時 家の長女と同年と伺った、

きびきびと手慣れた様子で 働いていた、ショツク だった、

何気ない会話でH-さん五才年上だとも話したが 亡くなられた事は

口にされなく 義父のE-さんが軽い脳梗塞をと話されたが・・・、

なんか生彩を欠き痩せられたのを 病気ではないかと心配していたが

悲しい事を知り 胸が痛む 日常のテンポも狂っても当たり前だ、

ゴミだしをして門を開き 植木屋さんの車のバツク音を待つ今朝は

お茶の時間、昼時の汁椀にも気持ちを倍加しようと 気を引き締めた。



素晴しい感性と真面目な努力、
  やっぱり と嬉しくて飛び上がりたい気持ち

其処にはみずみずしい華やぎが カメラを手に一年半

綿密に調整されての努力に自然も味方にしての写真は

写し手の個性までもが 雄大な越後の風景に溶け込んで

姿勢を正して観入る、一言で表すなら 至誠の写。

風土が産み育てるのか、両親の背中に学んだのか、独学か

それに努力がプラスされて 悪天候迄もが味方に思えるが

いいえ 努力ゆえの賜物、人々に栄喜を与えて

ご縁で 楽しませて頂けて 感謝、感謝。



新年のご挨拶にかえて、
  昨日届いた 新年のご挨拶にかえて は

東西が統一されるずーと以前の西ドイツD-市のアルトシュタツトの

教会 当時の牧師夫人からのお便り、同年輩でもあり 親しくの

交流が日本でもだったが ほとんどが電話でだった、 死に強い反応を

持っているが 夫人の添え書き 主人がまだ天に逝ったことを信じられない・・・

そんな感じです、いつも一緒にいる実感です、 そして私えの気遣いもが

堺市でのこれからを 大丈夫よとの気配りも感じ取れて、何時もながら

彼女の生きる姿勢に エールを送りたいと 心強くした、

ただ、ただ祈る。



惜別
  昨夕は長女家族が我が家に立ち寄り馴染みの寿司屋での

夕食 孫娘のS-子の好物でもあるので 楽しんで食した、後

少しの時間を 家で過ごして 横浜へと帰って行った、私は

夕刊にも目を向けずに 休んでしまった、今朝読んでの惜別欄で

大阿闍梨の酒井雄哉師が亡くなられた事を知った、もう五、六年前に

飯室谷不動堂へ小唄の若い友人二人と共にお訪ねしたんだった、

テレビで拝見した、風のように山を走り抜けた人とは別人の様な

柔らかくまろやかな年配の人 自らお茶を淹れて下さった、

そして 何か?、と 訊ねてくださった、 三人で返答に困った、

私達は 荒行・千日回峰行を二度もなされた ただお会いしたい、

お目にかかれて 優しさいっぱい頂いた気持ちが嬉しかった事を

思い出した、

朝刊に本が出版されている事を知り 本屋に電話 求めに車を走らせた、

其処に居て下さるだけで心満たされてたのに 寂しい気持ちだ、

   手を合わせる。






サシミ蒟蒻、
  今朝一番の買い物客は年配の男性だった直販所

長女と長女の夫が孫のY-が二週間のニュージーランド行を

成田迄送るとの事だったので 帰りに寄るのかとの問いに

S-子は期末試験勉強だから 寄らないで帰るとの返事

直販所での買い物も 少々控えたが 車内から携帯への電話

帰り道に寄りますとの事、直ぐ直販所に電話 サシミ蒟蒻が

未だあるかとの問いに 有りますよとの返事、直ちに行って

購入した、前々から長女が欲しいと言っていたが 時期でなく

ようやく口に出来る季節になった、柚子味噌用の柚子も色ずいて

忘れないうちにと採り、袋に入れた、ヒジキを煮たのでパツクに・・・、

採れたてのキャベツ、白菜、大根、長葱、韮、櫻の木でのなめこ、

黄色のカリフラワー、ブロツコリー、里芋、H-本家、分家の各々の柿、

と 我が家は明日も買えると持たせようと袋に入れた、そうだ薩摩芋も

あるんだ、今朝一番の初老の男性 次回大根二十本も予約してたが

自家製沢庵でも漬けるのかな・・・、もう白菜漬けもの季節

早朝散歩は太陽が恋しいので 明るい時間に変更のこの頃、

大輪のショツキングピンクのマツバボタンに習い太陽に向かい開く私。



ポトス、
  もう十数年は以前だったろうな 亡きK-子さんが持参した

ポトスは食器棚の上に蔓の籠の中から緑葉を 最近勢いがない、

ポトスは好ましく 其処此処に赤い花器にで部屋の空気を和ませて、

何時の頃からは定かでないが、ドイツと日本での二重生活時代には

身の回りに 赤 おおきな物は調理台から小さな物はコースターまでもだ

食器も冬は好んで赤を使う、オニオンスープなどは 赤以外考えられない、

クリスマスカラーではないが 其処此処のポトスの緑と花器の赤は 私には

癒しになる、もう八、九年になるか 木のベンチが気に入り テーブルとで

購入して 赤色のペンキで仕上げたが 此処何年もバーベキューもしなくで

植木屋さんや外回り仕事での食事時か珈琲タイム時のみ使用だがペンキも

剥げてきてで プレハブ小屋からの布製の折り畳み椅子を使うが

アマルフィイあたりでの製品かの 陶磁器のガーデンセツトもちろん赤に

独特の模様のテーブル・ベンチセツトを見て 長女にママ止めた方がに

宝の持ち腐れかもと 購入を断念したが 今でも脳裏にチラチラする、

赤ならどんな赤でもではない ソレントでの赤はまさしく私好みだった、


此処しばらく 棚の上のポトスとの会話が無かった、慌てて養生しても

機嫌を直してくれるかな?。



乗りつけない電車、
  昨日の東京行は快速電車で錦糸町駅乗り換えで

信濃町へだった もう五、六年前に小唄の友と観劇の後

四谷の萬屋・おかげさん 食事処での家路 四谷 錦糸町乗り換え

上総一の宮行き快速だった、三年程前迄は何処へでも爺との外出は

車だったので電車は数える程の利用だった、昨日帰路は信濃町からの

千葉駅行き鈍行で知らない駅が幾つもあったりで新しい路線のようだった、

千葉から十五分の待ち合わせで快速に乗れたが 八重洲口発の

高速バスと到着時間は変わらずだが 待ち時間がでの電車にしたしだった、

駅近くの駐車場は一日五百円だと満車してる事が多く 少し離れてだとで

高速バスの駐車場は無料、但し往復バスにしないと稲田の中で不便だ、

高速バスも始発は駅だから 駅近辺への駐車が もっとも良い、が

外房線は本数があまりないし 快速はほんと本数が少ない、

昼食は一度はと思っていた 食事処で 二十席程のこじんまりの店だが

待つ客がで 美味しい食事だが 落ち着かなかった、

予約診療時間の二時には二女も来て、爺に質問を用意してるかと訊ねていた、

爺・婆は注意散漫だからと なんだか私も婆の仲間入りのようだが

なんの なんの まだまだよ と若い気の私である。



爺 退院後初の診察日 信濃町へ、
  今日は十時二十六分の快速電車で東京駅へ中央線で信濃町、

診察時間の予約は二時から二時半だがその前にレントゲン撮影が

退院後は十分位の歩行の間 二度程休んでだったが 少しずつ

距離が伸びてきてるが 姿勢は腹筋 背筋が無いのだろう

垂直には立てない、爺の世代では背が高いのが余計に前にとのめる感が・・・、

足より先に頭部が前に出てしまうようだ、娘達はママより年長なんだからと

かばうが 気をつけて歩行する事が大事ではないかと 医師に伺うつもり、

我が家の浴槽は大きいが スポーツセンターの浴槽での手足を伸ばすのが

良い様に思えるが、此処のところご無沙汰している、プールも嫌うしで 爺は

風呂のみでのスポーツセンターだった、アクアビクス ヨガ 太極拳 

ピラテス 社交ダンス 勿論ストレツチと プログラムは多彩で数えたら

膨大だ、あせらず 自らの足での散歩が出来る倖せに感謝、感謝。



植木屋さんからの電話、
  今日は隣家のご主人が 草刈りをしてくれている

今朝 ブログで書いたら 今匝瑳市の植木屋さんからの電話、

明日から 来ると言う、明日は爺の退院後の初めての診察日で

東京・信濃町迄行くのだが 明日は留守だと断りを、

植木屋さんは門を空けておいて下さいと言う、大きな楠と

程よい間隔を保つ三本の楓も二年前にばっさりとぼうずにして

昨年も手お入れで 私はやはり大手を広げた姿が好ましく

今年はいじる事無くと思うが専門家の仕事だから・・・、

留守だとお茶出しも出来ないが、大丈夫ですとあっさりしている、

片道二時間弱の道も圏央道が少々使えるかなと思うが 爺いわく

海岸沿いだろうから 圏央道は関係ないとの事、

今時珍しい職人気質、親方の娘婿さんだが お任せ出来る事が嬉しい、

伽羅の木は親方が手塩にかけての枝振りが 二ケ処ほど枯れて?、で

手入れをしながらも 侘しい気持ちだろうと思う、

気持ちが萎えた時 楠の木に手を当てたり木音を聞きたくて耳を当てたり

心和む 自然の抱擁の中での日々に感謝する。



庭の手入れ、
  此処にきて枝先に留まっていた柿の木の葉も

はらはらと散り落ちてきた、爺の仕事だった草刈りも

医師からの指示で出来ないので、隣家のご主人にお願いした、

予定は昨日だったが雨で今日に延期になった、その前に爺が

刈り取られないように 其処此処へのバリアをしたが

なかなか大変だったようで 何で言ってくれなかったのと

言ってはみたが後の祭りだった、O-さんには時々お願いしていたが

隣家のご主人には、芝刈り機の刃砥ぎや屋内の電灯の取り換えとかで

屋敷周りの草刈りは常時お願いしていたが、垣根内は爺の分担だった

マツバボタンの大きな

鉢植えの大輪も色は目映いショツキングピンクもそろそろプレハブの部屋へ

入れなければで時々柘植など刈込を私も手を出したりだが 今年は

総べて植木屋さんにお願いしよう、庭木の剪定も勉強したいと思ったが

何もしない間に年月だけはしっかり流れている、豊穣の秋、唯一人

置いてけぼりをの私はまろやかな人になれないで取り残されて居る感が強い。




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