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海925

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散歩コースは畦道
年越し蕎麦、
  此処何年になるだろう 年越し蕎麦は

長女一家四人と姑さん 我々二人の七人で

毎年 小唄の先生の義妹 蕎麦屋の蕎麦が届く

野菜のかき揚げと海老天麩羅 大勢での食卓は美味しい

白菜の漬物は少々天日に干し過ぎた様に思えたので

粗漬をしないで 初めから切りこぶ、唐辛子を入れ込んだ

重しが足りないのか 一週間以上だが水が上がらない

やはり 干し過ぎたのか・・・、

お節料理は二女家族四人も加わっての十一人

元気で揃いでの新年に嬉しく感謝で胸が熱くなる

有難い一年を想う。



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栗やのくりきんとん、
   長女からの電話 夫のT-からのメール

仕事で茨城県からのようだが 

今迄に味わった事の無い 美味しい栗きんとん

送ったので 直ぐに食べるようにとの事

毎年沢山栗きんとんを作るが 又リクエストされたり、

今日届きました、百パーセント栗の栗金団

栗ペーストも茨城県産 栗甘露煮の栗も茨城県産

笠間 岩間の栗や

  金のふとんにみたて

  細かい栗甘露煮を

  敷き詰めました。

  どこから食べても

  何人と食べても

  みんな一緒に

  栗きんとんが味わえます。

一足早く美味しい 美味しい栗きんとんを頂戴した

今年も皆々に愛されての一年が暮れてゆく

倖せを感謝で新年を迎える喜びで今年のブログ終い。



赤カレイ、
  此処のところカレイの煮付けは

冷凍のロシア産子持ちカレイが安価で美味しいので

昨日魚屋の店頭での赤カレイぬめりもあり新鮮だが

煮付け用とのこと、中途半端な大きさだが二尾求めた

包丁を入れて煮付けた 美味しい、出刃を使ったのも

久しぶりの事 これぞ日本食だ 

ヨーロツパで日本の調味料の第一番は醤油で入手も容易

しかし煮魚用の魚は ほとんど目にしない

イタリア・トリノ近郊アステイの友人宅 曜日の市で

新鮮な小イワシ ほぼ天麩羅風の調理を友人が

あさりを求めてスパゲツテイ・ボンゴレ 彼女の家族には

珍しい食事だった事のほうが驚きだった私作

小ぶりカレイのから揚げ甘酢あんかけも美味だが

赤カレイの煮付けが大好物だな・・・。



美味しい筋子、
  今年も青森の友人から届いた筋子

粒は大きくはないがとっても美味しい

外箱にアイスランドからと印刷されているが

内箱にデンマーク産と記されている

もう十五年はノルウエーに行っていないが

魚屋の店頭で売られていた鮭は見事だったが

筋子を目にした記憶はなく 数の子も見ない

シシャモのたまごはパツクされてるのを買い求めてと

たぶんタラコと思われるマヨネーズ味のチューブ入りを

黒パン 少々すっぱく堅い薄切りと共に食べるぐらいで

鮭・鰊を食べる量は半端じゃないのにと不思議だ

ご縁で両親のような存在で可愛がって下さった方々も

天国に召されて 訪れる機会を失ったが

オスロの港で獲れたての小エビを船でゆがきたての味は美味

口に入れるものは寒い時期、地域のものが美味しいように

思うのは 私だけだろうか・・・。



ふくろう Ⅱ
  ふくろう へのコメントを頂いた、

裏磐梯への撮影旅行でのホテルの売店で

ふくろうを目にされて解説を読まれたご様子


裏磐梯へ撮影旅行ですか 写真が楽しみで期待大です、

ホテルの売店で ふくろう と解説をご覧になられたのですね

置物でしたか?、苦労を福に転じるですか・・・、

ヨーロツパでは知恵を象徴しているようですが・・・、

種類にもよりますがなんとも福々しく心豊かになります

 ララさんの細やかな気配りが嬉しいです 有難い、

奥様が撮影旅行の身支度を整えられるのも解かります

気配りが互いに出来るのも 尊敬・信頼・責任の無償の愛でしょう

日常の心の触れ合いも年月を重ねる毎に深まるのでしょう、

相手があり初めて成立するのですよね 

両親がお手本でしたが 少々どころか違う世界を築いてと恥じ入ります

写真も文章もその人を顕わにします 反省しても間に合いません

でこぼこで終焉では・・・、

又 与えられた使命も果たせずウロウロです、恵み多き人生に

感謝の返礼が出来るのかが課題です、

ふくろうに助力を願い・・・。



ふくろう、
  ふくろうに魅かれ始めた時期は定かでないが

国内外を問わず好ましいと感じたら買い求めていた

銅製の鍋敷きだろうが ドアーの上壁に飾ったり 

大きな陶器は鉢カバーにしたり ヨーロツパの何処だったか

思い出せないがキャンドル立ては愛くるしく

玄関で灯りを入れて訪れを待つ やはり冬季が似合う

ドイツでの住まいはドアーを開けるとデイレと称す空間があり

各々の部屋へのドアーがあり ハンガースタンドや 私は

デザインして家具職人に作っていただいた小箪笥と姿見を

配置 小箪笥の上で出入りを見守っていたのもふくろう達

今 返す返すも残念な事は

もう四十五年以上も前に横浜・伊勢佐木町の野沢屋デパートで

開催された催事で求めた 十七ピースで彫ってのふくろう

作者を知ろうにも手がかり無し、 当時は多忙というか

心を失くした状態だったのだろう 高価だった記憶もおぼろげ

年月を経た木肌の風合いが存在感を増して好ましい。



赤色陶器ツリー型の灯り、
  昨日 一年に二日テーブルで灯りローソクを点す

赤い陶器のクリスマス・ツリーに灯を 食卓が華やいだ

横浜に住む唯一女の子の孫 S-子がクツクブツク参考にしての

クツキーを 飾った、持参した時に出来栄えの見事さ

何処のよりも美味しいと感嘆の声をあげた、

記憶の鮮明なケーキは畳一畳ほどのデコレーション・ケーキを

ホテルのシェフが数百人のテーブルの間を回っての観賞の後

頂戴出来た、デコレーションは イエス様ゆかりの飾り付け

イタリアでのクリスマスだった、

もっともヨーロツパの家々は灯りはスタンドとローソクで

日本の灯りとはずいぶんと異なる 冬は鉛色の世界だが

ローソクの灯の温もりある優しさが和みをくれたようだ・・・。





クリスマス イヴのプレゼント、
  年末の大掃除前にと二女からのプレゼント

トイレ・洗面所・風呂場・台所・廊下の掃除

数名の女性が時間単位で働いている横浜の事務所から

高速バスで女性が一人我が家へ バス停まで迎えに出向く

この頃四角い場所も丸く拭いたりで訪れた居り目に映りが

悪かったのだろう 長女が入院した時も週一掃除を頼んだ

年契約で今年分の時間が余るとの事だったが それは口実で

断らない様にとの配慮だと思う 昼食は彼女はおにぎりを

持参していた 我々と共にテーブルで彼女にも副菜を

九年前に舌癌の手術をしていたと話唾液がほとんど無いと

水のボトルを持参 寿命も言い渡されたけど現在が在ると

デザートに紅みかんを供したら甘いですねと美味しそう

早々に掃除に 三時にアイスを食べて四時半まで掃除

四時五十五分の高速バスでの帰途へ バス停へと車を走らせた

彼女の掃除したタイルの目地の綺麗な事 二女に電話

嬉しいなによりのクリスマス イヴのプレゼントを有り難う。



孫S-の誕生日、
  今日は孫Sーの十九才の誕生日

K-大一学年、部活は水上スキーのようだ

冬季はマイアミに行くとの事だったが・・・、

二女は今年銀婚式だから 六年待ち望んでの男子

隣ビルに父方の祖父母が居住で 諸々と恩恵を

恵まれた環境に育っている 大らかで優しいと思う、

時々友人達が十数名泊込みでの来訪 たしか高校時は

ラグビー部だったと記憶してるが 心身健康で少しでも

世の中に役立つ人になって欲しいと願う。



我が心を恥じる、
   思い上がった気持ちだったんだ

こんなにも気持ちを掛けているのに

事々に不満の声を聴くと 貴女のマイナス思考がと

高見からの目線で応対している己を顧みずに 私の

誠意も解からずにと寂しく腹立ちさえもが・・・、

静かに彼女だけを祈った、

我への語りかけと気ずいた、有り難う。




 
ジューサー・ミキサー、
  此処のところジューサー・ミキサーの出番が無い

というより 料理を楽しむより 流れ作業的だった様だ

七面鳥のローストより リブの方が良いとの事だったので

久しぶりにミキサーのお世話になって自慢のソースを作る

孫用にはバツクリブを注文したが 美味しそうなスペアリブを

眼にしたので ソースを作り漬け込んだ が 如何も調理酒の

酔いが・・・の様で、あれだけ楽しめたワインも処方されてる

薬を で ほとんど口にしないので 調理酒に酔う情けない・・・、

まあミキサーする野菜、大蒜、松の実の潤滑油的水分で少々多めに

入れ過ぎたようだ 今はもう酒気は飛んだようだ ヤレヤレ。



カルルス煎餅、
  新潟県の小京都と言われた街加茂市から

作り始めて百有余年・・・カルルス煎餅が届いた

洋梨も新潟の特産だけに嬉しく美味しい果物だが

カルルス煎餅は口当たりも軽く 含むと溶けるようだ

疎開時の担任は思い出せないが副担任の優しい乙女先生との

再会 何時までも先生には K-子ちゃんと呼ばれる心地良さ

少し風邪声だったが 懐かしい声も聴けて嬉しい一日のスタート

 雁木からの横道を歩む長靴に入り込む雪交じりの水を

待ち受けて迎えて下さって 暖かい言葉と手早く面倒を看て

雪国の冬が温もりの想い出に 年々乙女先生に有り難うが強まる。



紅みかん、
  もう半月も前に岐阜の友人からの南濃みかん

美味しく頂いていたが 長崎の紅みかんは美味しさ抜群

十二月も二十日頃でないと 手元に来ない、

昨日は隣町の玉葱農家へ届けた 今年は直接の配送にとも

思ったが ご縁での長いお付き合い 顔を見せたりもと

車を走らせた お互いご無沙汰の挨拶 五月の玉葱収穫以来

今年の野菜は不出来でと言いながらも白菜、大根、ブロツコリーを

手早く採り下さった、お茶を頂きながらあれこれと話がつずいた

もう八十三歳よとの笑顔は 美しく輝いていた

何処から生まれるのか エネルギツシュな彼女の生きる姿勢に

多くを学ぶ 紅みかんと共に笑顔を届けて笑顔を頂いた。



グリーテング カード、
  もう五回目のグリーテング カードの宛名は

アロとエリザベスから イザベラになった

細々と近況を書き送ってくれたエリザベスからのカードは

数行の挨拶言葉 直ぐ電話をしたら アロがエリザベスは入院と・・・、

走馬灯の様に 思い出が駆け巡った、花キューピツトから

お見舞いの花を贈ったが 病院に出向きたいと電話をして

ドイツに飛んだ、花キューピツトから一抱えもある花が二束も

届いたと笑われたが 花屋は最低料金だと 電信代共での

料金を支払った、ドイツでの生花の値段を話しても規約ですと・・・、

エリザベスは顔色も良く 退院も直ぐだろうと明るかった、

心を許した姉のような存在の彼女 娘のイザベラも素敵な女性だが

細やかな気配りは母 エリザベスには適わない、

季節の挨拶時期になると エリザベスからの届かないカードを

待つ自分を愛おしく思う私の存在、 十指に余るカードの数も

随分少なになった グリーテイング カードの季節に想う。



クリスマス・ケーキ、
  想い出深いクリスマス・ケーキは

丸い化粧された缶入りのアメリカからのケーキ

たしかドーナツ型だったように思う、

干し果物やナツツ類入り、シュトーレンほどは堅くなく

父が安易に取り寄せが出来るなら 主治医に贈りたい

四十年も昔の事 仕事の上司のアメリカ人の手配で

其処此処へと配った事、

シュトーレンはルフトハンザ航空の日本支社長から

カレンダーと手帳と共に頂戴していた時期もあったが

彼の帰国で 思い出したようにドイツの友人トニーからの

郵送以後 口にしていない、去年はターキーも焼かなかった、

年々クリスマス・ケーキは遠くになってしまうようだ。



クリスマス・ツリー、
  ずーと昔 ノルウエーで過ごしたクリスマス、

オスロから車で二時間程のテラマルケ州・ノトデンの

湖畔のコテージ 樅の木をマイナス二十七度の森へと

切り倒しに 自分の吐く息で ほつれた髪に白い衣を

手作りのデコレーションと金、銀のモールを飾り付けて

肉は羊だったか トナカイだったか 鰊の酢漬けと

ししゃものたまご キャビアでのカナツペ、自家製のリンゴ酒、

コテージの壁は節が沢山ある松の板張り、独特の模様が描かれた

家具、赤のテーブルクロスに銀の食器 ローソクの灯り

暖炉に燃えてる白樺、 きよしこのよるを樅の木を想う。



ロバータ・フラツク、
  ブルーノート東京でのロバータ・フラツクの

ライブを堪能した、同年輩の彼女の歌唱力はもとより

清々しい印象が好ましかった、デビューが三十才を過ぎてだが

どの歌も心に染み入るようだった、歌声に温もりがあった、

語りかける言葉も黒人訛りがなく綺麗だった

エスコートの若い男性と差し出される握手に答えながら

爽やかに退場した小柄な彼女に拍手がつずいていた

静かな日常にアクセントの時間は好ましく嬉しい時間だった。



歌舞伎座の緞帳、
  日本画家中島千波さんのトークライブに出席した

歌舞伎座は緞帳が五枚、どれも素晴らしく 誇らしい気持ち

その中の一枚の原画の主のトークライブだったが 緞帳については

思ったよりも話が聞けなかった、ただ絵が出来上がる迄と

日常の様子は 理解出来た、彼の緞帳画は春・秋 櫻が右 左にもみじ

さくらの花芯がひとつ描かれていないと話されたが 

原画にもとずいて織り上がると どの様な織り機なんだろう・・・、

ライブの梯子の為 途中で退席 六本木へとタクシーで向かった。



嬉しい電話、
  未だ十時前だった 近所の米農家K-さんからの電話

今日はもう歩いたのかとの問いだったので 昼食前にと

答えたら その時家に寄って下さい キイウイを採ったからと

此処二、三日静岡・東京と出ていたので散歩はお休みだった

スーパーでの食糧調達を済ませて 歩いてK-さん宅へと出向いた

彼女は足が少し不自由だが 畑作りをしている、

庭のみかんとキイウイを用意して待っていて下さった、

お茶受けにと メープル味のクツキーを持参して差し上げた

農道から少し私道を入る山裾の農家 重くなるけどと小ぶりの大根を

素早く抜いて下さった、鰤を買ってあるので新鮮な大根は嬉しいし

優しい心遣いが 金銭でなくなにより嬉しい、

明後日は外孫の結婚式だから明日は美容院へ行くのよと晴々と話していた、

少々重たい手荷持つだが 心は軽く家路へ 夕餉は勿論鰤大根。



ほんとの豊かさ、
  先日お会いした中年の医師が有る方を

あんなに目が澄んできたので 天国へ旅発つだろうと

話された  我が身を振り返り恩恵を頂くばかりで

人生最後を迎えたくないと強く思ったが なかなか

お返しが出来なく 日々が過ぎてゆく、有難い事に

健康で過ごせるだけでも感謝だが 欲張り過ぎるのか

本当の豊かな世の中なのかと思う報道を見聞きして

若い人が授業料の為の就学断念だけは無くしたいとの

望みを強く願うが 切望にならないと道は開かない?、

人其々希望を胸に輝いているのだろうが ほんとの

豊かな世の中なのか 次世代へのバトンを質したい。



お洒落して歌舞伎座へ、
  今回の東京行は我が家から車で二十二、三分の誉田から

直ぐに乗車出来た快速京葉線での東京駅へ この時間帯は

外房線は鈍行のみで千葉駅乗り換え総武線快速新日本橋駅下車

徒歩五分で二女・姑宅へではなかった、昨日は静岡の先までの

小さな旅だったのでお惣菜ひじきが作れなかった、

亡き舅、二女の夫の好物奈良の富有柿を重いが持参した、

今日の歌舞伎観劇は二組母娘の四人 二女が予約したお弁当を

高島屋で受け取り 歌舞伎座へ 天気も晴れてきたからか和服が

多く華やかだった、舞台は玉三郎の艶やかさに うっとりした

海老蔵との舞台は呼吸もぴったり 楽しめた 幸四郎の台詞が聞きずらい

と思ったが・・・、夜の銀座は 華やかでY-子さんと田舎とは違うと

おのぼりさんねと笑い合った、何時になくお洒落した事も気分を

昂揚させたのかも・・・、舞台の余韻を楽しんで東京泊。



新幹線からの富士、
  昨日は何時もの静岡の小都市への訪問と異なり

横浜の家での前泊 後泊をしないでストレートに我が家から

外房線と総武線で東京駅へ 何時ものひかりで静岡へ

乗車券は緑の窓口で往復を大人の休日倶楽部割引きで購入

東京駅構内のお弁当売り場で沢山並んでる中から雲丹弁当をチョイス

長女に電話を入れて飲み物だけ好きなのを求めるように・・・、

ホームでひかりを待つ間に車両番号を長女にメール、携帯の呼びだし音

年長の友人からで 聞き取りにくいので 夜に電話すると話した、

新幹線乗車 富士山を期待して 座席番号5-D、Eと長女に再びメール

新横浜で空席はなくなったが三島での降車客も多く 残念だが期待した富士は

あの優美な姿をあらわさなかった、お弁当を開いて美味しく頂く、

長女は新横浜駅の高島屋コーナーの名古屋からの野菜彩弁当を好むが

東京駅の多彩な弁当にはちょっと戸惑う、

所用を済ませての帰りには 優美な富士山を思う存分眺めて長女は新横で下車

品川で総武快速で我が駅へ ちょっぴりの強行軍だった、

今日は歌舞伎夜の部なので 東京泊での支度 雨が嫌だが久しぶりの慈雨

総べてに感謝で生活しようと何時になっても成長しない自分に喝。



背黒いわし、
  此処房総半島・九十九里海岸や大原漁港では

背黒いわしが獲れる時期になったようで値段も安い

隣家が大原からですと獲れたての新鮮な背黒いわしを

下さった、下ごしらえが大変なので魚屋の店頭で目にするが

パスする事が多いが 頂いたのは調理しなければ・・・、

水道の水を少しずつ出しながら 親指を使い頭と中骨腸を

取り除いて 塩と酢で〆ていただくか、たたき切り生姜・味噌

玉葱のみじん切り・少々の小麦粉・つなぎに卵を入れてのつみれ

油で揚げても美味しい 今回は天麩羅にした、不思議なもので

以前は青魚はアレルギーがあったが 爺の好物は青魚 調理する間に

〆鯖なども美味しいと食べられる様になった、烏賊の塩辛は自家製が

一番と自我自賛、学生時代北海道からの友K-子さんと彼女のアパートで

煮魚をとカレイを求め 互いに調理法を知っているとの思い込みで・・・、

母に電話を入れて煮方を覚えた事などを思い出す、随分年月を重ねたんだ・・・。



二女の舅の三回忌、
 早朝の高速バスで東京駅へ

歩いても 直ぐ近くなのに 爺を気遣い

二女が迎えに来ていた、持参の菓子を隣家の二女の

姑に挨拶の顔出しと共に差し出すと お母様の手作りひじきが

美味しく嬉しいと・・・、十一時の法要に二女の夫の声掛けで

十時にはお寺に着いていた、待合室でお茶とせんべいでの語らい

お経の間に椅子に着席のままのお焼香 お墓にお参りをして

一年前にオープンした日本橋のフランス料理店での会食

シャンパンを薦められたが オレンジジュースで献杯

焼きたてパンが 一皿目は季節野菜のテリーヌ 彩も味も美味しい

人参の温製ポタージュスープ 此れは私流が美味しいかも

ビーフストロガノフ パプリカソースはパンで綺麗にソースを頂いた

デザートのハーモニーとしてレモンタルト他と珈琲 デミタスカツプが

洒落ていたのと 食の締めくくりに堪能出来た、

ワインを飲む人にはチーズの盛り合わせが・・、近頃薬を飲むので

ワインも口にしなくなったが 少しは飲むのも好いかなと思った、

三人の孫もR-子さんのみで二人は部活で欠席 

二十数名の顔ぶれも年を重ねていた、舅の法要だが彼が現れる気がした。



山茶花、
  今年の山茶花は白い花が一番に咲きそろい

次に薄いピンクが咲きだした やっとローズピンクも

花開きだした、何時も好んで走る裏道路の一軒の生垣が

びっしりと花が咲いているのを目にした、整形外科への

三か月に一度の診察と骨粗鬆症の薬を頂くためのドライブで

きっちりと刈り込んでいるので 山茶花の生垣とは・・・、

我が家も裏手の生垣には山茶花も植え込んではいるが

山茶花だけで びっしりとの生垣には 今まで何を見ていたのかと

迂闊さと 思い込みの我を恥じた、大好きな花なのに・・・。



懐かしい情景、
  何処と言えば私の内なる 遥かなる記憶の情景が

新雪の大地に実をつけての柿の木、幼い日の想い出が

次々と思い出されてくる、 就学前だっただろう

田舎道で靴に付いた朝露を靴のクリームだよ、

此処果樹園では手を上にあげたらいけないよ、遠くの人が

果実を採っていると勘違いをするから・・・、

目を閉じても浮かんでくる情景 そんな楽しみを

masaさんの 越後悠々散歩 の写真から 連想想い出に浸る。



ヘリボーンツイードのジャンパー、
  今週末の土曜日 二女の舅の三回忌

服に場所に合わせて ネツト付きの帽子とシンプルなのと

姿見の前で シンプル過ぎるが 自然体だとほぼ決まった、

グレーのタートルの上にとチャコールグレーのヘリボーンツイードの

ジャンパーを 一冬何回着ただろうか 横浜の街歩きだと

ベレー帽だが 此処稲田の農道だもの ニツト帽とフリース地の手袋

パンツも黒で粋というより少々年齢を感じるが 誰彼も着ている

ダウンジャケツトよりは個性的かと日々の散歩コースを歩いた。



友の気遣い、
  ガウンを着用する時期になって

薄手 ピンクのガウンを出した 亡きミラネーゼの

マリアからのプレゼントだ、軽く暖かいのが気に入っている

彼女の持ち合わせの布をコートにデザインしてのお礼?、

同年でもあり 知り合ったのが旅先のイスキア島 互いに

一人旅でもあり 夕食後 バーでの言葉の掛け合いで気が合い

食事時のテーブルを共にしての交流が始まった、

独り住まいのミラノのアパートは料理は苦手らしく必要最小限

ガルタ湖のコテージ・キツチンは使いやすかった、

彼女とは保養での滞在で私の好きなアバノ・テルメ、彼女の好きな

シルミオーネ、ホテルで落ち合った スペインのコスタブラバ

シシリーのファンゴにも行こうと約束したが・・・、

連絡が取れなくなり 出向いて 私の僅かなイタリア語で門番から得た

悲しい事実、ガウンを着る時期になると彼女の気遣いを思い出す。



とりちがえ 犠牲者はお二人とも、
  ニュースでの六十年前に赤ちゃんのとりちがえ

被害者A-さんのみの悲劇のような 生活環境の違いに

重きを置いたような 裕福な家庭に育まれても 肉親と

思っていた弟三人により DNA-鑑定での出生時のとりちがい

倖せの人生だっただけに 心の痛手は大きいのではないだろうか

金銭では収支出来ない大きなものを失ったのだからと心が痛む、

お二人の傷が最小限で 安らかな日常に戻られる事を心底より願う。




紅みかん、
  十二月に入ると 収穫が始まる紅みかんは

産地の長崎でも知られていないようだ 例年知人の仲介で

其処此処へと 贈り物として 重宝にしているが

今年は天候が生育に悪く 収穫量が少ないようで値段も

十五パーセント高になるとの知らせがあった、 

ずーと以前 葉付きのおおぶりの紅みかんは 木箱入りでが

作り手も高齢で手作り木箱も出来なくなり、ダンボール箱だと

みかんに傷が付くとの事で 現在の形になって来たのだが

味が濃く美味しいので 我が家の贈答品となって数十年

この時期になるとやはり昔の木箱 葉付き紅みかんが恋しくなる。




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