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海925

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散歩コースは畦道
李がたわわに実り~、
     今年は緑が溢れて

李がびっしりと熟しての濃い赤紫

手の届く範囲でも数キロ 爺は脚立で

危ないのに上段でも採りきれないのは小鳥に

それでも十数キロの収穫に 二女の夫の好物だが

宅急便では痛むだろうと思案している とりあえず

ジャムにと二キロだけ洗い笊にあげてある

もう一本の李の木にはそれほどの実は付いてない

この木の実は総べて小鳥さんたちにと毎年の事

今年の梅雨の雨も異常な降り方だし解からないが

何かが可笑しい方向へと向かってるかと心騒がしい。



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カサブランカを愛でて、
    土・日曜日の野菜直販所

 父の日の前日にN-子さんが丹精に

育てた黄カサブランカを求め十日間は

楽しめた 一つずつの開花での十二花の

開花を待ち受けて可哀そうだがしべ除き

昨日求めたカサブランカは四輪ずつの

末広がりの八輪 黄花より芳香がつよい

しべも少しおくまっての感があり花粉も

ご愛嬌かと摘み取りは止した 玄関に活けた

紫陽花も細やかに拭き取らないと何時の間に

花器の周りが・・・ 何時もなら庭の此処其処

野百合の姿が楚々と見られたのに時期未だか

ワゴンのオリズルランの白い小花も健気に開き

斑入りの葉と共に我を和みワールドへ誘って

梅雨の時期も良いなとつくずく思える我此処に。






集団的自衛権を問う、
     今朝の朝日新聞 社会面

米・ミシガン州出身46歳 アーサー・ビナードさん

言葉にごまかされるな としての語らい

1990年来日 日本語で詩を作り始める

2001年詩集 釣り上げては で中原中也賞

 日本は今、米国の下請けで戦争ができる国に

なろうとしています。それが集団的自衛権という

言葉でごまかされようとしている気がします、

集団的自衛権は、いわば 包装紙。破ると

戦争 という中身が出て来るんです・・・。

 何処へこの国のリーダーは進もうとしてるのか

戦争の無い世界を希求するのは総べての人の願い。





流れゆく年月を留められれば Ⅰ、
      ひと昔十年のふた昔と八年も昔

 西独逸での仕事と日本での落ち着いた生活の

何れかの選択に日本での生活を選び会社を閉鎖

諸々の整理やらで月日を経て年号も平成となった

二女も結婚 今年は銀婚式をハワイでのゴルフ三昧

仕事で飛び回ってた時も母との時間は大事に保った

生前の父の一番の気がかりは父亡き後の母だった

訪れての語らい時 ちょっと気になる母の言動に

当時の新聞・テレビで知り得た浜松の病院の医師の

診察 母と我受診を 母のアルツハイマー初期診断

元気な姑は肺癌を当人には秘して 母も我が家への

介護生活のスタート 少しずつ体の機能が低下の姑

健康体だが頭脳壊れゆく母 二人介護の四年目は

ちょっとばかりは萎えて・・・姑の下のお世話時の恥じらい

何時になくの呼吸の粗さに医師の往診の依頼を頼み

救急車での病院搬送 三日の命縁者への連絡指示に

十七日間気の毒に多くの管での繋がれた命での旅立ち

気丈でゆったりした姑も我が独逸へ見送り時見せた寂し気も

仕事を止めた一因だった 有難い事は我の判断に誤りは

無かったと思える事 人としての道を歩いてこれた満足は大。





侍ブルーを観戦したくての早朝散歩は四時半スタート、
     残念至極 侍ブルーが泣いて

 昨夜は今朝の早起きに備えての九時就寝

今朝の散歩は霧の中四時半スタート

鶯の囀りも上手になり 蛙の唱までが聴こえて

三十分の違いで何時もの農道の感じも違い

成長逞しい稲田の緑も目に入る範囲が狭いが

嬉しい驚きは 白鷺がゆったりと畦道に姿を

大空は梅雨空でのったりした雨雲で日の光無し

帰宅して何時ものように開け放しての空気入れ替え

こもごもとの朝支度整えてのテレビオンでの観戦

残念だった 生彩を欠いていた アナウンサーの

選手へのインタビュー 映像だけでも胸痛いのに

仕事とは デリカシーの欠如と思う テレ朝もNHKも

この頃のアナウンサーの思慮の無さが目にあまる

まぁ~会長さんも好感度ゼロだしと八つ当たりかな。



此れから夏なのに~、
     ふっと立ち寄った店に

季節には暑苦しいオツトセイの毛皮の小物

遠ーい昔日 ノルウエーを初めて訪れた時

あまりの可愛さに求めたオツトセイの毛皮ブーツ

日本のましてや東京では実用的で無く飾り物

毛皮の縫いぐるみも愛らしいが 可愛がられた

ノルウエーの両親のような存在も他界してから

もう十三年は訪れてないが 小物の秘めた魅力

つい求めて季節柄冬を待つまでだが 心満たされ

眺めたり手にしたりと嬉しく胸膨らむ我に苦笑。



独逸料理に大活躍のジャム。
      独逸に限らずヨーロツパでは

ジビエ料理に限らず種々の肉にジャムが活躍

ノルウエーの物価は世界でも高いと思ってたが

東欧の労働力をでのベリー摘みでもジャムの

値段は日本に比べて随分安価だったようだった

チーズ・ヒレ肉などフェリーでデンマークへの

買い出しも楽しんだり・・・確かに肉の美味しさは

日本の肉で神戸ビーフは有名だがべらぼうに高い

独逸でも日本人の調理法に合わせて牛肉を薄切りに

此れは日本企業の多い市の肉屋さんだけだと思う

肉料理の肉により 調理法によりジャムも代えるが

なんとも美味 七面鳥にクランベリーを添えるように。



坪庭の柊・つわぶきを整える、
     我が家の玄関の坪庭

昨日の雨に観葉植物の鉢植えは庭へ

久ぶりのシャワーで緑葉も嬉しそう

坪庭の 柊・つわぶきの手入れで軽やか

物言わぬ草木もちょっとの時間の配分で

こんなにも嬉しそうな表情に映えるのは

我の自己満足であっても晴れやかに和む

もうちょっと遅いかもとは思うが庭の一隅に

パセリとバジリコの苗も植えたが 上手く育ち

食卓を賑わせてくれる事 我期待大である。



梅ジャム作り、
      我が家の梅の実を選別

裏庭の一本からは五キロ以上採れたが

二キロだけ梅ジュースにで 表庭からは

収穫ゼロ 八百屋の広告に南高梅の売り出し

出向いたら群馬県産の色ずいた梅が好ましく

値段も安くでのお買い上げ 檸檬も一ケ百円

昨夜洗い 笊に 今朝砂糖は三温糖で調理

大正解 この梅の種はまことに小粒なので

果肉が多い 蜂蜜も入れて 檸檬も少量

美味しく出来上がり香りの中で我微笑む。



スエーデン・エーランド島からの夏至祭便り、
     北欧では夏至を待ちわび祝う

スエーデンの友人からの夏至祭おめでとうメール

仕事から引退して国王も別荘を持つエーランド島

夏は本土からやツーリストで賑わいの土地のよう

種々の催事が有るようだが魚は鰊とサーモンを生食

バーベキューでは野菜と肉類の様だ 野外映画や

コンサートも屋外のようだ 今年も来年には訪問と

先延ばししたが北欧に飛ぶならやはりノーシェ湖だと

楽しかった昔日の想い出にどっぷりと浸って時は過ぎ往く。



ベビーコーンの甘酢漬け、
    今朝の野菜直販所

嬉しい事にベビーコーンが出ていた

唐辛子・鷹の爪は白菜の漬物で使い切り

探しても買い置きは見つからないが

瓶を熱湯消毒しての自然乾燥後

ミツカンらっきょう酢で漬け込むだけの作業

トウモロコシの種類が違うとのことで大ぶり

明日南高梅を買いにゆく時忘れずにメモメモ

肉料理に添えて少しばかりお洒落な一皿

採れたて鮮度抜群出来上がりが待ちどうしい。





裏庭の梅の梅ジュース、
     此処のところ梅の実での

梅干し・梅酒・梅ジャムの他に作ろうと

梅ジュースに決めて 検索したら簡単

土・日曜の野菜直販所でも7月上旬には

二女と友人達へのを買い求めてはいたが

裏庭の梅の木は花も満開だつたので

5キロ以上も収穫出来たが綺麗な実だけを

2キロだけ選別して冷凍庫で24時間冷凍

長女は白砂糖を嫌うが買い置きを使用して

作った、実を収穫時爺が蜂に刺されての後

2日後になって痛みが出て皮膚科のお世話に

不思議に表庭の梅の木々は花も少なめだった

実は期待出来ない 一本の枝垂れ梅も同様だ

梅ジャムを作る楽しみは家の隅々まで行き渡る

梅独特の香りが何とも心を豊かにしてくれる

南高梅を求めて梅ジャムも少しだけ作るとしましょう。



浪の伊八 飯縄寺、
    今日はカラツとしての晴天

浪の伊八の彫刻を見たくて出向いたのは

いすみ市の飯縄寺 茅葺屋根の仁王門

 北斎に影響を与えたとされる 波 は有名

結界欄間 正面に天狗と牛若丸 

左右二面 浪と飛龍 浪の素晴らしさに感嘆

今日は見る事は叶わなかったが行元寺へと

緑の山々の中を車を走らせ 爽やかな住職に

再来訪したい旨を話して帰途に 

 つなげよう 得がたきあらゆる生命

胸にこの言葉を抱いて。



霞の中の朝陽、
     今朝は四時半スタートの散歩

朝陽は霞の中で期待した朝焼けは無理かと

何時もの散歩コースに歩を進めて 大好きな

ハナミズキもかろうじて一輪我を迎えてくれた

此処はこの集落に二軒在る長屋門の家の隣

この長屋門は佇まいと風格がまことに好ましい

歩を進めて第二コース 此のコースの回れ右

地点にも我大好きな築後百四十年のその昔

茅葺屋根だったであろう面影の屋敷が山を背に

お早うさんと挨拶を交わしながらのUターンで

なんと霞も薄れて山間からの朝陽の輝きに

この素晴らしさの一瞬をカメラに収める醍醐味は

バカチョンカメラのみの我も あぁこの瞬間だと

泣きたくなる感覚とも異なる 素敵との表し方では

申し訳ないような瞬時の朝陽の恵みを頂戴出来た。


介護で閉ざされる若者の未来、
     今夕のクローズアツプ現代

未だ五十八才の若年アルツハイマーの母の

介護で就職一年目で四年前に退職しての介護

将来は母えの介護経験を活かしての就職希望

介護保険は要介護の人達の為で介護者にでは無い

地域に在る介護支援センターの働きは如何に 我は

介護保険のお世話にならずの健康で生活出来る幸い

感謝の日々だが病は望まなくとも患うのは致し方なく

ましてや若い学齢期の少年少女が祖父母・両親の

介護で学業も出来ない世の中可笑しいと声上げて

改善する必要は大であると思うし 消費税の始まりは

介護費用にと始まった様に記憶しているのは間違い

又福祉事業に従事する人々の労働評価の安価な事

支えなければの処が手薄で可笑しな処へのサービス

一人一人の日常が尊ばれて心満ち足りて活きれる

己の周りから水の輪が広がる様にひろがってゆく

そんな世の中を願うのは当たり前の世の中でと願う。



父の日に黄カサブランカを活ける、
    土・日曜日の野菜直販所

N-子さんの育てた黄カサブランカ

今日を祝うかのように見事に咲き競い

父の日に相応しいと買い求めて 吟味した

花器に活けた 芳香は強くないが其処が

華やかな賑わいを 昨日はふた花の開花

今日は三輪開花して蕾は未だ七輪も

二女からは両口屋是清のささらがたは

爺の好物が届いた 長女は小田原の

船橋屋織江の花吹雪を贈ってくれた

好物をいただいての爺はご満悦のようだった。



二十七年前の姑と母、
    十年ひと昔伍昔の半世紀前

横浜中区に家を建て 娘達は幼稚園入園前

今 高速道は川だったし 焼け跡のビルは数える程

市電も走り長閑な港町横浜だったし我も若かった

九州からの舅・姑用に二階に住居を用意したのが

若い考えで舅・姑は二階を嫌い一階で過ごす様に

諸々の末 我は仕事の本拠地をヨーロツパに移し

家からタクシー迄の間 姑の浮き浮きした素振りが

後年は物寂しそうな表情での見送りになって我も

日本だけでの生活を考えた時期に二女が婚約我が

母にも時間を配分 大きな決断で会社を閉じたが

友人達には理解不可能な我が行為だったようだった

一年も経ない間に姑の肺癌 当人への告知を無く

母もアルツハイマー初期との診断を受けての同居

何となくの覚悟はあったが 頭は冴えて体の自由を奪われ

の姑と体は丈夫で少しずつ壊れてゆく母の二人の介護

区役所からの訪問を受け 貴女が一番に倒れます

特養ホームへの申し込みをするようにとのアドバイス

母の住所変更はして無かったのに母の名前を申請

介護保険の無い時代 四年間は夢中で過ぎた 

姑 八十六才の十一月 派手やかな葬儀を希望

天国へとの旅へと・・・、

母の右手首と我の左手首に腰ひもを結んでの就寝

姑の他界後 母も我が名と有り難うの二言を口に

何処かの星の住人から我が母の落ち着きを得て

九十四才と七ケ月の生涯を終えた 亡き父への

感謝の気持ちも我の大きな力を産み出す元だった

一生涯での一番大切な事柄を無事に終えられた

我が人生もゴールも眼前だが仕事は山積 頑張れ。








朝採りの野菜、
    早朝散歩を少し遅くスタート

野菜直販所へ立ち寄りが六時半

野菜の搬入が始まり軽トラが集まりだした

開店は七時もう少し歩いて来ようと・・

T-さんのトマトの美味しい事 キューリも美味

Nーさんのトウモロコシも甘ーく美味しいのは

朝採り故だけでなく諸々の研究試行錯誤の成果

多くの恵みの賜物を頂戴出来る田圃の中での日々

黄カサブランカも見事な花を開き無数の蕾も付けて

彼女の手作りは浅漬けから味噌まで種類は豊富

冬の白菜は漬け込んでのお楽しみなほどの味に仕上がる

空気も美味しいが一番美味しいのは地域の人々の笑顔。



チエコ・南モラビアの世界一美しい瞬間、
    チエコ・首都プラハから電車で二時間半

南モラビア 車窓からの眺めに櫻花と菜の花

滞在先の赤い部屋から長閑な春の色は菜の花

小麦の緑 七百八十ヘクタールの菜花・小麦・トウモロコシ

の畑は三百年の歴史の農家 ただ1948からの社会主義

1992年の崩壊迄は国の管理下だったが 千年前からの

ワインセラーでは自由な会話とワインを楽しんだと話してた

 農民はその土地の伝統を背負ってゆく

 長い歴史を継ぐことは嬉しい事

 どの季節も どの瞬間も 特別

 こんなに美しい処で働ける素晴らしさ

一週間で菜花の黄色は終わり 小麦畑のさざ波は海

民族衣装を纏う男女の祭り 唱とワインとダンス

実りの準備と引き換えに春が去る、

ぶどう畑で孫と時間を共にの老人の穏やかな姿に

旅人の己の子育てへの反省の涙が世界一美しい。



自動車運転免許証、
     半世紀以上も前に取得した

自動車運転免許証には普自二も記載されて

自転車も子供用のサイド補助が付いていれば

乗る事は可能だが基本的に二輪車は乗れない

未だ独逸が東西に分断されてた時代の西独逸で

仕事での滞在独逸での運転免許証を取得した

免許更新の必要が無い終生使用 日本の様に

身分証明書にはならない 紛失や盗難で失くさない限り

取得時の写真のまま老いても使用している様だが 又

オランダ・ベルギー・ルクセンブルグへは独逸の免許証で

出入りしていたし一度も免許証提示もなかったが

住んでいた隣街からの帰りに同じ道を間違えてだったが

私服の警官に職務質問を受け自宅迄の誘導を願った事が

思い出される 車検もデイラーにまかせず自分で車検場で

手直し箇所を検出してもらいガソリンスタンド併設のガレージで

お願いして自己判断でタイヤ交換したりして車検を済ませていた

アウトバーンも何処まで走行しても無料 ただしスピード無制限

一番端でも百四、五十キロでの運転は疲労が蓄積されていた

今田舎に住んでダイハツのミラジーノで四十キロ走行 爺の車も

年代物になり 普通車の小さい車に買い替えて国内をウロウロ

走行を考えてるとの我に娘達の反応は芳しくない ちょっと無理かな。



アフリカンサファリクラブ、
    スイスのアフリカンサファリクラブ

もう二十八年は遥か遠き日二女との旅先

アフリカ・ケニアへアフリカサファリクラブの

飛行機をスイス・バーゼルからケニア・モンバサへ

砂浜ではない浜辺の水は何処までもコバルトブルー

ホテルのスイス支配人夫妻以外は現地人だったが

スマートな動作と明るい笑顔での挨拶 ジャンボ

三食の料理とアフタヌーンテイーのケーキの美味しさ

テイーはもとより珈琲の美味しさは格別の味だった

サファリツアーも早朝からジープでのサファリを堪能

僅かな距離での動物達との出会い 乾いた風と大地

キャンプファイアーを囲んでの歌声 豪華なホテル

バンガロー 山小屋と 宿泊所を移動しながら

少々観光ずれしたマサイ族の歓迎を受け住居訪問

小型機でナイロビに飛んで近郊のデンマーク人の小説家

映画・愛と哀しみの果て の舞台となった家を見学したり

二女がどの旅も消えてしまう程素晴らしい旅だったと・・・

帰り飛行機からの キリマンジャロ は未だに瞼に焼き付いて

孫達ともあの感激を共にと願ったが 政情の変化か

アフリカンサファリクラブは何時からか消えてしまっていた

六月の花咲き乱れるヨーロツパを想い 緑溢れる中での

昔日を彼是思い出しての至福の時を刻んで倖せに浸る。








緑に染められて、
    何とも気怠く空気も重い

梅雨空から時々明るく光が差し込む

今年の緑は何時になく若やいで眩い

一番に輝きを放つのは新芽の若緑の

槇・伽羅だろうか 柿の若葉も美味しそう

雨に濡れた紫陽花も我が出番ですよと

嬉しそうに輝いている なんと長閑な景色

もう少し待って下さいと李もブルーベリーも

青い実を可愛く連なり愛いういしく映えて

六月の梅雨の季節がこんなにも愛おしく我に

時を知らせてくれた事があっただろうか 

それとも過ごす日々が豊かなのかなと我に問う。



ズツキーニの花の天麩羅、
     イタリアの地図 土踏まず

 アベトラーナの街は北イタリアの人々の

保養地でもあるが 今は亡き友の洒落た家

週に一日のマルクトが開かれて 野菜・果物

食料品・日用品・衣類と総べてが店を並べる

ビーチで泳いだ記憶があるので初夏だったのか

ズツキーニの花を求めてオリーブオイルでの

天麩羅は美味しかった 友はリコツタチーズを

積めて揚げていたが 少々諄い味に思えたのが

こうして書いていても口の奥に残ってる感がある

裏庭の大きなサボテンにも綺麗な花が咲いて

ズツキーニの花を今一度味わえたらなと夢見る。



大事な事を置き忘れて、
     昨日は一昨日の土砂降りでの

歯科医の予約変更で出向いた歯の治療

総べて予約診療だが急な歯痛などはその他

通常待合室は一人二人で静かだが昨日は

幼稚園児位の男の子二名が診療室への扉や

歯科医院の自動開閉扉を声を発しての出入り

母親とおぼしき人は黙認状態 父親が治療を終え

待合室に出て来て母親に口を開けて話していた

幼子二人が帰ろうと纏わりつくと支払を済ませて・と

名前を呼ばれた我は診療室へと 土曜日で家族で

楽しい外出なのか 歯科医院とは言え治療での人々

我が家内的作法は如何なものかと思う我が可笑しいのか

天候は雨 逃げ出したい歯の治療ゆえかこの親子の

不作法に 曇り気分で家路へとの日だった。



孫との語らい、
二泊三日が三泊四日の横浜滞在

昨日の雨のどしゃ降りで歯科医を一日延期

今春から大学生と高校生の孫たちとの語らいは

若き日に思いを・・・,改めて六十年を飛び越えた

s~子は今夏カナダでのホームステイでの自己紹介を

英文での提出でヘルプをのことで若さの素晴らしさ

スペルはとまどう我によどみなく口にして書きだした

y~とは bsテレビ 世界一美しい瞬間 で数えきれない程

訪れたノルウエーのロホーテン諸島での鱈の魚卵と

養殖のサーモンの魚卵について廃棄してるか否か調べたい

日本に輸入はの我に 日本の国の特産品を海外に輸出することが

国の繁栄に寄与することになるとの考えを口にして我に語つた

現代の利器の活用にも目に目映い 彼がニュージーランドでの

語学研修時 携帯電話の操作で日本国内時と同額の支払いだつた

経験豊かな筈の我も或る一面では脱帽せざる状態の今日日である。



孫に教わりながらの,ipad,
外出時や旅に携帯する為のipad

二女と銀座のアツプル店へ行ったが

ネームの刻印はネツトでの販売のみとの事

ネツトでの注文を ipadに二女がセツトアツプ

過日の観劇日に手渡されたが皆目操作困難状態

歯科医への三日間の診療での横浜滞在で孫の手ほどき

なんとか今この文章を一人自室で書き込んではいるが

何時もなら早朝散歩だが生憎の空模様で i

なんとか弄り出しては空模様と綱引き状態 どこまで

ipadが使いこなせるかは お楽しみ(^O^)
連日の歯科医院、
    房総半島上総に住んで

ひと昔を過ぎた田舎大好き人間の我は

ちょこっとの歯の治療は歩いても十分以内の

歯科医院で済ませているが定期的のクリーニングは

横浜迄足を延すのは定期健診と新く治療をする為と

インプラント部分のクリーニングで今日から三日間

横浜の家での滞在、 歯科医だけは老年になっても

恐ろしいが 観念しての治療となるのは致し方ない

長女を妊娠中前歯が一本二女の妊娠でも一本ダメージを

なるべく遠のいてはいたが治療が必要のようで・・・、

午後の高速バスでこれからいざ!出発アーア。





バニラアイス・マンゴーにバルサミコソース、
      美味しい好ましいデザート

バニラアイス・マンゴーとバルサミコソース

バレサミコソースのボトルがサラダバーに

イタリア・アバノテルメのホテルの夕餉時

種々の野菜と温野菜はセルフサービス

メニューはイタリア語・フランス語・ドイツ語

メインの皿はふたとうりでも農夫のプロシュツト

とかメニュー以外望む一皿をオーダー出来る

デザートにバニラアイス・マンゴーに濃縮の

バルサミコソースの味に慣れ親しんだのも

十年ひと昔とすると四昔ほどになるだろう

早朝五時位に電話でファンゴと起床を促されて

素肌にバスローブのみで階下の施療室へと

背中一面と膝から下足元まで熱い泥を塗られて

毛布にくるまりベツドの二十分程横たわると

サウナ室と同様に汗が噴き出 ジェツトシャワーで

流してもらい温いオゾン風呂に横たわる その後

全身隈なくのマツサージで締めくくり週六回を二週が

通常のファンゴトリートメントコース 勿論三食付き

最初に形式的な医師の診察を受ける 街の散歩で

食料品店でバルサミコをみたら高額な物からいろいろ

確かその昔フィリピンで食したウベアイスとマンゴーに

バルサミコソースを味わっていたような記憶がだが

本場イタリアではサラダバーに置いて有サラダにもで

日本の醤油的存在なんだとお国柄を感じたソース。



日本の面影、
       日本の面影 小泉八雲

六本木の俳優座劇場 6月2日の昨日が

東京公演最終日だったので出向いて観劇

作・山田太一 演出・鵜山仁  小泉八雲の生涯

主演・小泉八雲に草刈正雄 妻セツは紺野美沙子

西田千太郎・武士の亡霊に川野太郎が出演彼とは

早稲田大学野球部時よりの交友が有り 応援してる

ラフカデイオ・ハーンの日本で喜びを得た台詞に

モノだけでは幸福になれない 土着の文化が消える

ことへの危惧を・・・科学や諸々の進化で精神面の成長を

置き去りにしてきたような日々に戦争を除いての昔が

改良の余地はあったが懐かしく良かったと思えた

俳優たちが好演で特に草刈正雄・紺野美沙子・川野太郎

が光って紺野は日本女性の美しさが匂うようだった

主演の草刈は八雲を彷彿させて川野は改めて書きたい。





木喰さんの丸い心、
    学生時代の友人の一人

新潟の生家近く燕市の洋食器会社を

家業の人と結婚 佐渡を望む地へと

良寛記念館へと誘って下さったのは

もう二十年も前になるが 好ましいブログ

 気ままに起承転々天 のyuusuke320さん

三年程前に 木喰上人の作品が多く柏崎に

在る事を紹介、海の柏崎がぐんぐんと近くに


   まるまると まるめ丸めよわが心
 
   まんまるまるくまるくまんまる

   笑顔はいいな~


 この詩を幾度も心に刻んで来ただろう

今もこの詩を唇に 望んでも遥かに遠く

 まんまると まるめ丸めよわが心を切望。




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